54.ねぐらへ戻る前にまた狩へ?
「ひい祖父ちゃん?」
リルドは急に立ち止まった理由がわからず、曾祖父に声をかけた。立ち止まった曾祖父は体ごと後ろを向くとふっと優しく笑った。そしてリルド・ショウヤ・トミイ・ルマの順に一人一人の顔を見る。
「しかし、よくやった。見事な作戦での双頭竜狩りだった。お前達は、立派なミリアーニの大人だと証明したな」
ショウヤとトミイの顔がパッと明るい笑顔になる。ルマは困ったように視線を外した。リクにもリルドの誇らしげな嬉しさが伝わってくる。
「俺も上位の神達が勝手に決めた命令に、うんざりしていたんだ」
曾祖父もあの命令を認めたくなかったのだ。リルドは、大人達はあの命令を納得していると思っていたので、曾祖父のこの言葉にはとても驚いていた。
「でも、俺が褒めていたと吹聴するなよ。これはここだけの話だ」
曾祖父は言うと同時に、眉尻を下げて、少し困ったような顔になった。
「お前達と共に罰として聖水を運ぶ重労働をさせられても、十代前半の子供達は十六歳になった時の儀式強行を諦めないだろう。次にどんな儀式を思いつくか……それを考えると俺も頭が痛いんだ」
曾祖父は目を瞑り項垂れ、肺の奥から吐き出しているような、長く深い溜息をつく。
しばらくの沈黙のあと、顔を上げて目を開けた曾祖父は向き直り、再び森の中を歩き出した。そして一行もそれに従う。
今、トミイは腕に大事そうに神希棒を抱えている。結局、あのルマが預かった神希棒はトミイの物となった。
「トミイ、神希棒が手に入ってよかったな。後日両親からの贈呈の儀式を、きちんと執り行ってもらうのだぞ」
「は~い」
リルドの曽祖父から儀式について言われたトミイは、どこか気の抜けた返事をした。
ヒスイはトミイに神希棒を持って帰るように言った。これには、その場にいたミリアーニ全員から驚きの声が上がった。
「しかしラッキーだったぜ」
リルドが体を捻って、後方を歩くトミイを見ると、トミイはウキウキとした表情をしていた。
「ショウヤと一緒にヒスイ様の前に座らされて、俺らの前にいるリルドがなんか文句っぽいの言ってて……でも俺の耳にはなんにも届いていなかった。とにかくルマの持っているあの棒の出所に関して、ヒスイ様に怪しまれませんようにって祈っててさぁ。ショウヤが吹っ飛ばされて話が一通り終わってくれそうになって、もう大丈夫かと気を抜いたところで、ヒスイ様いきなりだもんよ、『神希棒の盗難があったそうだ』」
トミイは『神希棒の盗難があったそうだ』の部分だけ、ヒスイの偉そうな顔つきや声や口調を真似て言った。
「俺はあれで観念した。俺が持ち出した話がヒスイ様に伝わっていたって。これはヒスイ様に没収されて、俺は職人達に謝りに行かされるのかとがっくりきてたところで、『持って帰っていい』だもんなぁ」
トミイが倉庫から神希棒を持ち出したのは一昨日の夜中。ショウヤと忍び込んだのだ。
神希棒が持ち出されたことを、職人達は朝イチで気づいた。
職人達は真っ先にミリアーニを疑った。特に以前勝手に枝を切った罰で神希棒のお預けを食らっている、このトミイを。そしてもし犯人がトミイなら、もう関わりたくないという意見が出て、それに職人全員が賛同した。職人達は木の神に神希棒の盗難を報告すると同時に、トミイへの譲渡も願い出た。
常に言われるのだが、ミリアーニ達の行動は常軌を逸している。その一人であるトミイをここで叱って神希棒を渡すのを再延期しても、使いたいとなればいつでも、仲間を引き連れ盗みにやって来るだろう。
木の神は中位の神だが、それに仕える職人達は下位の神達。神希棒の作成技術のみに特化した少数精鋭部隊。二十四時間倉庫に見張りを置くような人員は裂けないし、例え見張りを置いても徒党を組んで武器を持って殴り込まれたら、例え中位の木の神を急いで呼んだとしても、あっという間に倉庫に侵入されるだろう。その時に、怪我人や倉庫の被害は免れない。ミリアーニ達は破壊行為後にいつも上位の神に捕まるが、なん度どんな罰を与えてもほぼ懲りない。殺人程ではない軽い罪を、忘れた頃に繰り返す。あまりの学習のなさに、罰する方もうんざりしているのだ。
だからもう職人達は、ミリアーニのトミイと関わりたくないのだ。一本やるからもう二度と領内に立ち入らないで欲しいと思っているのだ。
ヒスイは上位の神の族長の一人として、木の神からその報告を受けていた。それで神希棒盗難と職人達の意見についても知っていたのだった。
「最初からさ、木の枝切ったことくらいで騒がないでさ、こうして渡してくれれば問題なかったんだよ」
トミイは身勝手な言葉を吐いた。それに対して曾祖父は何も言わない。トミイの父親もだ。気持ちがわかるのか、身に覚えがあるのか。リクは彼らがトミイに同意していると思いたくなかったのだが。
「俺はいつかヒスイ一族の虹花石のような、上位の神の族長達が持っている長の宝玉が欲しい」
突然リルドが曾祖父の方を向いて言った。
「長の宝玉だと?」
曾祖父は前を向いたまま少しだけ鼻で笑った。
「我々下位の者には全く縁のない石だ。上位の神だって族長クラスしか現れない。それに我々下位の者にはそれを扱える能力もない」
リルドに横顔を向けたまま、曾祖父は淡々と語った。夢物語と思っているのだろう。
「でもいつか絶対手に入れたい。そして宝玉を持たない上位の神々どもを見下してやるんだ。そしたらミリアーニ達も満場一致で俺を族長と認める」
リルドは長の宝玉さえあれば族長になれると思っているようだが、実際に虹花石を持っているリクは、全員からは当主とは認められていない。反対する者もいるし、ウィルのように当主の地位を諦めない身内もいる。ただ今のリクは話すことができず、リルドにそれは伝えられない。
深い森の木漏れ日が降り注ぐ道なき道を、リルド達は無言で進む。突然、首でも絞められているみたいな、気味の悪い濁った鳴き声のような音が、木立の中で響いた。
「森の外に黒霧鳥(くろきりちょう)だ! 捕まえんぞ! 晩飯だ!」
リルドが大声で言った。黒霧鳥は群れで生活する、全長二メートルほどの飛べない鳥の一種だ。ただその肉は超絶品。しかし捕まえたくても外皮が硬く、すばしこい上に性格が凶暴だった。下手に近づいて、逆に群れに襲われて噛みつかれたり蹴られたりしたら、下位の神では大怪我をしてしまうこともある。当然、下位の神達は作戦を立ててから、大人が数人以上で狩に取りかかる。
そんな猛獣相手なのに、リルドは当たり前のように、鳴き声の発声元がいると思われる方角へ走り出す。リルドはこの狩に自信があるようだった。リクはリルドがどうやって黒霧鳥を狩るのか見てみたかったのだが。
「まだ暴れる元気があるのか!」
曾祖父の呆れたような声がした直後、リルドの目の前を突然真っ白い光が覆った。リクが何事かと驚いたが次の瞬間、あっという間に光は消え去り今度はリクの目の前は真っ暗になった。
夢が終わったのだなと、リクは思った。
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