52.そこまではっきりと指摘しちゃ気の毒だ
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「『殺した方がよくないか?』は兄貴だけでしょうか? 兄貴が罰せられれば、俺らはそれでお咎めなしでしょうか?」
リクには、ショウヤを睨むヒスイの瞳に少しだけ、怒りの火が灯ったように見えた。
「兄貴だけ死ねば、次の族長候補がお前になるからか?」
「まっさかぁ。俺は兄貴を族長にしたいんだ」
リルドはショウヤの顔を見る。ショウヤはアホっぽい、ヘラヘラとした笑顔だった。
「俺と兄貴は双子だ。だから俺達は母親の腹の中で、一つの物を半分こしたんだ。でも正確には半分こじゃなくて、兄貴の方が少しだけ多く持っている。だから兄貴には是非族長になってもらいたいし、兄貴に死なれると俺は体の半分以上を失った気がして、辛いし悲しい」
「ふざけたことを。お前は頭がおかしいのか?」
ヒスイは即座に言った。
「そうなのかな。小さい頃からそう感じていたから、一卵性双子はそれが普通だと思っていた」
「ならばお前と兄貴を一緒に殺してやる。一緒に死ねれば嬉しいだろう」
「えええ? できれば一緒に生きていたいな。人生楽しいし。迷惑行為は大好きだし。もっと皆で徒党を組んで暴れたいし」
次の瞬間、ショウヤの体が後方に吹っ飛んだ。きれいな弧を描くように十メートルほど飛んで、泥水の中にベチャと音を立てて落ちた。仰向けの大の字に落っこちたショウヤは大したダメージはないようで、「よっと」と言って大の字からヒョイと身軽に起き上がると、先程いた場所まで歩いて戻って来た。そして先程同様に正座して、ヒスイに向かい今度は曾祖父と同じほど深く頭を下げた。
ショウヤの顔は跳ね上がった泥で汚れている上に、完全に下を向いてしまい表情がわからない。吹っ飛ばされてどう感じているのか、表情からの予想はできなかった。
それからリクはショウヤが吹っ飛んだ光景を見て思った。ヒスイは手を触れなくても相手を吹き飛ばせる、それでショウヤを飛ばしたなと。リルドの時はその力を使わず、直接手で張り倒した。そのお陰で未だにリルドの頬はジンジンと痛む。
「神希棒の盗難があったそうだ」
これ以上ショウヤの相手をしていても意味がないと感じたのか、ヒスイが話題を変えた。元の位置に戻って立っているヒスイは、今度は竜の治療をしているルマのいる斜め後方に少し顔を傾けると、横目でルマをじろりと見た。ルマの足元には木の棒が転がっている。それが神希棒だとヒスイにはわかるのだろう。ルマは治療の手を止めてヒスイを見ると、ブンブンと首を振った。
「違う違う! 俺じゃない! 預かってくれって言われたんだ! 双子じゃない奴の、トミイのだよ! それに俺は竜には何もしていない! ここには医者として、無理やり連れて来られたんだ! 俺は被害者だ!」
リルドは嘘をつけと思った。連れて来たのは無理やり感もあったが、何もしていなくはない。ルマは小便玉を見張り、リルド達に渡すのを手伝ったのだ。しかしリルドはヒスイにそんなことを告げ口する気はない。ショウヤとトミイも言いつける気はないのか黙っている。
ヒスイは顔の位置を戻すと、トミイをじろりと見た。
「ちぇっ。だってさ、神希棒をもらえなかったから」
トミイはボソッとした声で、不満そうに言った。
「ミリアーニの中でも俺の血統は、代々十六歳になると成人祝いの品として、両親から神希棒を贈られるのが習わしだ。でも俺には、十六の誕生日に贈られなかった。それで今回せっかく竜を狩るんだから神希棒の威力を試したくて、神希棒職人の倉庫に忍び込んで一本持ち出した。『後日こっそり戻しときゃ、それは盗んだんじゃなくて無断で借りただけになるから問題ないぞ』ってショウヤが言って、持ち出す時もそのショウヤが手を貸してくれたし」
トミイは顔を少しだけ横にいるショウヤの方へ向けた。
「またお前か!」
ショウヤに対して叩きつけるように言うヒスイの怒りの声に、恐ろしさを感じたリクの心臓がドキリとした。怒られたそのショウヤは相変わらず曾祖父同様にきちんと正座をして、地面に両手をつき、地面すれすれにまで頭を垂れていた。吹っ飛ばされて泥水に浸かった髪の毛からは、地面にポタポタと雫が落ちている。それだけ見るとどことなく哀れに見える。そしてその体勢は一応、かしこまっています反省してますと、表現しているポーズではある。そう、ポーズでは。
「職人は毎日、在庫の本数を数えている」
ヒスイはそれ以上ショウヤに何か言うこともすることもなく、そう告げてから視線をトミイに戻した。
「へぇ、あいつら、そんな面倒なことしてたんだあ」
馬鹿にしたように言うトミイはニタニタと笑っている。
「お前は自分が神希棒を与えられなかった理由を、わかっているのだろう?」
「あ~、うん。一年半くらい前かな。十四の頃。神希棒職人の仕事場から鋸とかヤスリとか神希樫の伐採加工専用道具一式盗みだして――じゃなくてお借りして、神希樫の生えてる森に忍び込んで神希樫の枝を適当にぶった切って持ち帰った。それで木刀作って、年上年下同年代、色んな友達集めて、皆でチャンバラ大会して遊んだ。余興もやろうって他の木で作った木刀に神希樫の木刀ぶつけてみたら、他の木の木刀は粉々に吹っ飛んだ。もっと色々やってみたくなって、金属の剣もってきて神希樫の木刀に叩きつけてみたんだけど、何度もやってやっと一つ小さな傷を入れられるくらい硬かった。さすが神希棒の材料になる神希樫だ。面白いのなんのって」
「いい加減な剪定方法で枝を切られた神希樫は成長が遅れる。木の神は怒り、罰としてお前は、十七歳になるまで神希棒を与えられないことになった」
「たかが木刀十本分だぜ。成長が遅れたって一年程度だし。その樫の木から神希棒が作れなくなったわけじゃないし。元から神希樫は大量に栽培されてんだし。木の神が大げさなんだよ」
ヒスイの溜息が聞こえた。
「お前は全く反省してないようだな」
トミイは「これでまた怒られて、神希棒がもらえるのが先に延びたか……まいったな」と言って頭をかいている。
他の領地に忍び込んで計画的に竜を襲う、道具を盗み神希樫の枝を切る、自分都合で神希棒を盗む、年下達に脅迫させオニモグラを手に入れる。数々の悪事。リクは、これはとんでもない悪ガキ達、いや、犯罪者達だと思った。
「脅迫・暴力・破壊。それしか能のない、異常性格の角付き狸どもが!」
ヒスイは、最初は静かに言っていたが、最後は憎々しげに大声で言った。それを聞いたリルドの中で何かが切れた。リクはそう感じた。リルドは目の前に偉そうに立つヒスイを睨み上げる。
「は! 笑わせんな! お前こそ有名だぞ! その狸と同レベルの位の奴に、大切な姉さんを色仕掛けで奪われたって! お前の姉さんは俺達と同レベルの能力しか持たない、取り得外見のみのエロ男の口説きテクに落ちて、あっさりとお前と一族を見捨てたんだ! どんな偉そうなこと言ったって結局お前は、女たらしで名が知れ渡っているあの下位の神の、義理の弟だ!」
「リルド! 口を慎め!」
リルドの無礼な発言に今までリルドを嗜めなかった曾祖父も、さすがにまずいと思ったか顔を上げると振り返り、リルドを叱った。
「ひい祖父ちゃんの言う通りだぞ、リルド。そこまではっきりと指摘しちゃ気の毒だ。これはヒスイ一族史上最優秀と称えられている、スーパーエリート神ヒスイ様の大切なご身内がしでかした、一族への影響をこれっぽっちも考えてない自分勝手な色恋沙汰だ。どんなにヒスイ様が優秀でも、肝心の姉君が『夫はあの男じゃなきゃ嫌です』ってんじゃ、なんも解決方法はない。更にこの出来事は、今後も輝かしい実績を残すであろう族長ヒスイ様の人生における、最大の汚点となり恥部となるんだ。悩めるヒスイ様をあの姉ちゃん使って攻める時は、ちょっとは手加減してやれよ」
ショウヤの余計な発言の直後、ヒスイの目の前の四人は吹っ飛ばされて、十数メートル先の泥水の中に落下した。
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