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51.馬鹿なツノダヌキ

「まずはオニモグラどもを集めろ」


 ヒスイは目を瞑ると溜息をついた。


「ありがとうございます」


 ハンスは深々と頭を下げて礼を言うとキャリーケースを持って立ち上がり、森とは逆方向の、まだ荒らされていない花畑の方向へ向かった。花畑に到着すると、地面にドアを開けたキャリーケースを置いてその場にしゃがみ、両手の平を地面につけた。

 十秒ほど経った頃だろうか。花畑の一角の土がポッコリと盛り上がり、花々を根こそぎ持ち上げた土の山ができた。そしてすぐにその隣の土が盛り上がって山ができ、山ふたつが繋がった。それが繰り返され、その山々が一つに繋がった直線はまっすぐにハンスの元へ向かって行った。やがてハンスの足元まで到達すると山でできた直線は止まり、土に穴が開いて三匹のオニモグラが顔を出した。彼らは一斉に穴から飛び出すと一目散にキャリーケースに飛び込んだ。ハンスは素早くケースのドアを閉める。どうやらオニモグラ達は、竜の吐く水や竜とミリアーニの戦闘に巻き込まれない場所まで、逃げていたようだ。

 

 ハンスはキャリーケースを持つと、再びヒスイの前へ戻って来た。


「帰るがいい」

「はい。失礼します」


 ヒスイから帰る許可をもらったハンスは一礼してから回れ右をすると、「ツノダヌキどもが」と忌々しそうに小声で言ってから、森の方へ歩き始めた。リルドは立ち上がって『陰湿なモグラ野郎』と言い返そうと腰を浮かしたが、曾祖父に左肩を強く掴まれて地面に押さえられ、立ち上がれず諦めた。


 



 ハンスによるオニモグラの回収で、リルド達が荒らしていない部分まで花畑が荒らされてしまった。リルドはあれまで自分の責任だと言われたら面白くないと思っていたが、元はといえばリルド達が、腹を空かせたオニモグラを花畑に放ったのが原因だ。そしてヒスイが先程、花畑の修復には手をつけず泉しか修理しなかったのは、花畑を修理してもオニモグラにああされるかもしれないとわかっていたからだと、リルドは考えていた。リクもそれを知って成程な、と感心した。


「さて、罰は何にするかな。厳罰に処さないと、来年同じことをする奴が現れる」


 ハンスが森の中へ消え完全に見えなくなると、リルドの耳にヒスイの声が聞こえた。リルドはヒスイに視線を戻す。ヒスイもリルドを見ていた。


「納得できない!」


 リルドは怒鳴った。


「お前達、下位の神の力では、そう易々とギグードラゴンの体に傷をつけれない。だから尿を用意した」


 ヒスイはリルドを無視して、淡々と起きたことについての推測を話し始めた。


「人間のな。ギグードラゴンは人間の汚物に弱い。だから人間の世界まで行って集めてきたんだ。人間に化けて汚い身なりの空腹のガキどもに『食べ物と交換してやる』って声かけたら、たんまりとションベンが集まったぜ。あいつらは俺らの使用目的なんて気にしない。ションベンと食料との交換を変な話とも思わない。食いもんもらうことしか考えてないから」


 リルドも反省の色なく、ふてぶてしく話す。


「オニモグラを放ったのはリゲルに水を吐かせるためだな。雨を降らせられないように」

「雨でションベンを清められちゃ、弱らせた意味がない」

「首を落とそうとしたのはお前達の目上の者達が、この儀式で繁殖期のギグードラゴンの首に挑んでことごとく失敗しているから。そこで彼らの経験談から計画を練った」

「特に優秀な俺ら四人なら、短時間でやり遂げられると証明したかった」

「ギグードラゴンの繁殖期は春いっぱい続く。それでも今日を選んだのは、俺がいないからか?」

「人間の世界のある村に生えてる、お前のお目当ての桜の木が満開になったから、お前は今日花見に行くって噂を、数日前に聞いたんだ」

「やはりそうか」

「お前は桜の花に目がなくてのんびり過ごしてくる。一旦行ったら夕方まで戻らないって聞いたからチャンスだと思ったんだ。それなら竜を治療して逃げる時間まであるって計算してたのに。なのにすぐに戻って来ちまった」

「ここまで騒ぎが大きければ、嫌でも気づく。それに戻ってくるなど雑作ない」

「それと、来月になったら俺は十七歳になっちまう。儀式ができないまま十六歳が終わっちまう。冗談じゃねえ。だから一日でも早く儀式をやりたかった」

「お前がそこまで儀式にこだわるのは、跡取りの権利のせいか?」


 ヒスイの問いには答えず、リルドは曾祖父の後ろ姿を見た。相変わらず平伏したままだ。


「確かミリアーニ内部は、陰で分かれて対立していると聞いた。長男と次男と三男、将来誰を族長に推すべきかで」


 フォレスター一族は長男世襲で問題がなかったとリクは教わった気がしたのだが、リルド達には何かあったのだろうか。それとも彼らはフォレスター一族ではないのか。いや、そうは見えない。

 考えてもわかるはずもないので、リクは話の続きを聞くことにした。


「ここで、長男次男が仲間を率いて竜を倒して首を持ち帰り、周囲に自慢して三男を蹴落とすつもりだったか?」


 くだらない行いだと言わんばかりに無感情な声で言うヒスイを、リルドは睨んだ。ヒスイはニヤリと笑った。


「俺達は儀式がしたかっただけだ。双頭竜は生命力が強いから、完全に首がもがれたって、もげた首は、数時間は生きている。その数時間内に繋げてやれば元通りに繋がる。だから医者の血を引くルマを連れてきたんだ。首を戦利品にして持って帰ろうと思っていたわけではない。どうせひい祖父ちゃん達が、消えた俺らをすぐに追いかけて来る。証人ならひい祖父ちゃん達がなれる。それに弟のことなど興味ない。あんな奴、俺の邪魔するなら殺しゃいいんだ」


 リルドは弟なんて殺しゃいいとサラッと言ってのけた。言ってのけた心の中には、ひと欠片の悲しみもなかった。心の中を見てしまったリクの方が悲しくなってくる。リクはとてもウィルにそんなことはできないし、そんな感情も持てない。


 ヒスイは突然一歩前に出ると、その場にしゃがんだ。そして曾祖父の右耳に口を近づける。


「上位の神からの有難い命令も理解できないこの馬鹿に、跡を継がせるのか? 弟の暗殺も企てそうだし。ここで殺した方がよくないか?」


 ヒスイはそう囁いた。囁きなのだが、曾祖父の真後ろにいるリルドにもそれが聞こえていた。曾祖父は驚いたように両肩をビクつかせると、急に少しだけ頭を上げた。


「跡を継がせるかどうか以前に、馬鹿でも私の曾孫であることに変わりはありません。やはりかわいいのです。どうかお助けを」


 曾祖父は震える声で苦しげに言った。


「あのお~、質問です」


 ショウヤの声がした。ショウヤは少しだけ頭を上げて、一緒に小さく肩の辺りまで手も挙げている。


「なんだ!」


 ヒスイは話を邪魔され腹を立てたようで、気分を害したとわからせるような怖い声を出してショウヤを睨んだ。



読んでくださってありがとうございました。


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