46.黄色いボールをぶつけろ
「これで俺らの力は三倍だ」
一本の剣に宿るのが単独の力では、三人分の攻撃力にしかならない。しかし一本の剣に三人分の力が宿れば九人分の攻撃力となる。
リルド達は竜に向き直り剣を構えると、少しずつ竜に近づいて行った。リゲルが穴に水を吐くのをやめ、首を上げる。同時にリルド達を睨み、青い目を光らせた。
リルド達が、先程まで白い花の境界があった部分にあと数メートルまで近づいてくると、ベテルギウスが大きく口を開ける。次の瞬間、炎がくると予想した。
リルドが右に逃げ、ショウヤとトミイが左に逃げた。一瞬前まで三人がいた場所を、今日一番激しい火炎放射が貫く。
「ぎゅわああああ!」
炎の巻き添えになりそうな場所にいたルマが変な声を出し、棒を脇に挟んでボールを抱えたままパタパタと走り、森の縁に沿ってリルドがいる側へと逃げた。大きなボールを三個抱えた姿であたふたと逃げるルマの姿はかなりコミカル。でもリルドはそんなルマを見て、案外すばしこいなと感心した。これから戦闘の時もっとこき使えると、記憶させてもらった。
ベテルギウスが炎を吐くのをやめると、間髪を入れずにリゲルの巨大水鉄砲が、リルドと逆方向に逃げたトミイとショウヤに向かって吐かれる。水鉄砲は旋回しながら、長い一本の渦の塊となり二人を襲う。ショウヤはターンしてリルドの方側へ逃げる。一方のトミイは竜の背後に向かって走った。リゲルは首を回してトミイを追う。トミイはギリギリ水鉄砲を避ける速度で移動する。
リゲルが水を吐くタイミング、ベテルギウスが攻撃をできないタイミングで、ベテルギウスの横に回り込んでいたリルドは、手にしていた剣を柄だけの状態に戻してウエストポーチにしまい竜の背中に飛び乗った。
背中に衝撃を感じたのだろう、首を回してトミイを追っていたリゲルは、水を吐くのを止め背中を見る。ベテルギウスも同様に背中に顔を向けた。さすがに自分の背中に火を吐いたり水をぶっかけたりしたくないのか、二頭は大きな口を開けてリルドを威嚇する。そんな二頭の首の向こうに一つ小さな影が見えた。顔をリルドに向けた二頭の死角から、ショウヤが飛びかかっている。しかしショウヤの手には剣が握られていない。代わりにショウヤが両手で大事そうに抱えているのは、先程ルマが抱えていた黄色いボールの一つだった。ルマがいる場所まで取りに戻ったのか、それともルマが投げて寄越したのか、そこまではリクには見えなかった。しかし確かにショウヤはボールを持っているのだ。
ショウヤがボールに向かって小声で何かブツブツと言っているのが、口の動きでわかった。それからショウヤは唇を尖らせると、ボールにふっと軽く息を吹きかけて、そのボールをベテルギウスに向かって投げた。
ボールは丁度ベテルギウスの長い首の、頭と前腕の中間地点辺りにぶつかって破裂した。破裂すると同時に黄色い液体が辺りに飛び散った。黄色い液体の飛沫は背中にいるリルドの頭上にも飛んできた。リルドは竜の体の斜面のような表面を、地面に向かって横転するように転がり落ちると、黄色い液体を避けた。そのままリルドは急いで起き上がると竜の正面へ走り込み飛び上がった。
ボールをぶつけられるとすぐに、竜達は顔を正面に戻していた。丁度真正面にはボールを投げつけたショウヤが竜の足元に向かって落下していた。その体に向かってベテルギウスが大きく口を開ける。ショウヤを燃やすつもりなのがわかる。しかし飛び上がったリルドはただ飛び上がったのではなく、ショウヤの体に向かって飛び上がっていた。リルドはショウヤの体に体当たりをかまし、ベテルギウスの吐いた炎を二人でギリギリ避けると、リルドはショウヤの体を抱えて泥水の中に着地した。
ベテルギウスの炎は竜の足元の地面を炙り、泥水から水蒸気のみが上がった。ベテルギウスが空振りに終わった炎を吐くのを止めると、炎が届かなかった距離の正面に、早くも黄色いボールを抱えたトミイが立っていた。トミイもいつの間にか剣をしまい、ボールを受け取っていた。トミイは竜にはそれ以上は近づかない。トミイは右手で軽くボールを浮かすと、サッカーのボレーシュートの要領で、右足でベテルギウスの首に向かってボールを蹴り込んだ。
ボールは一直線に吸い込まれるように、先程ショウヤがボールをぶつけた部分に向かう。そして見事にその部分に当たるとボールは破裂し、再び黄色い液体がぶちまけられた。
「へ!」
トミイは得意げに言うと笑顔を作る。トミイはベテルギウスが炎を吐いている間に呪文を唱え、炎が収まったと同時に息を吹きかけ蹴り込めるように、素早く準備していたようだった。
「「グワーッ!」」
リゲルとベテルギウスが同時に天に向かって咆哮を上げる。その直後、『ドン!』という空気を震わす音がして同時に地面にも振動が伝わった。音の方を見るとリルド達が破壊した花畑の隣のエリアの、運よく戦闘に巻き込まれていない花畑の一角が陥没していた。茶色く濁った水を溜め込んだ、直径二メートルの大きな穴が開いたのだった。
多分オニモグラはリゲルの水からどんどん逃げて、隣のエリアまで掘り進み、そこにも水が流れ込んで地面が凹んだようだった。
「あいつら、餌は見つかったのかな」
リルドから地面に降ろされて、その隣に立ちそう言うショウヤは、オニモグラが気になるのか大穴の方向をじっと見詰めていた。
「今この取り込み中な状況で、なんでそれが気になるんだ?」
そう言い返したリルドはこの弟に呆れていた。彼の言動はいつもこうずれているのだ。
その時、リクは思った。なんかこのショウヤ、誰かにすごく似ている気がすると。
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