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45.誕祝授剣

 森から少し距離があるが、森の方に向き直りあれだけ森の中に向けて大声を響かせたのだから、ルマはリルドの声が聞こえているはずだ。しかしルマからの返事はないしルマは姿も見せない。森の中からは微かな音もしないし僅かな動きもない。


「くそ面倒な」


 リルドは低い声でボソッと独り言を言うと歩き出し、森の中へ入って行った。


「おい」


 リルドは花畑の方に背中を向けて大木の下で頭を抱えてしゃがみこんでいるルマに、偉そうな声で話しかけた。


「聞こえてんだろう!」


 ルマは背を向けたまま、またもや返事もしない。でも聞こえているとみえて、ガタガタと震え出した。


「大げさな。無視すんな」


 リルドは、しゃがみ込んで少しだけ地面から浮いているルマのお尻を、右足先で軽く蹴り上げた。


「ひぇぇっ!」


 ルマはそんな変な声を出すと同時に、うさぎ跳びのような姿勢で十センチほど跳び上がった。地面に足がつくと同時に頭にあった両手を下ろし、蹴られた部分を庇うように両手をお尻に回して、それからやっとノロノロと振り向いた。


「言うこときけよ。じゃないと、あとで殴るぞ」


 ルマは怯えた目をすると立ち上がり、急に走り出し、森の木々の間に消えた。十秒ほどしてルマは戻って来たが、その両手にはサッカーボールくらいの大きさの、透き通った濃黄色の球体が三つ抱えられていた。球体は黄色いゼリーのように向こうが透けて見えている。なんに使うボールなのか、リクには想像もつかなかった。リクはリルドから知識を得ずに、あれをどう使うのか見守ろうと思った。


「来い」


 リルドは森の外へ向かって歩き出した。背後から、嫌々ついて来ていますと言わんばかりの、足を引きずるような音がする。ルマが諦めてリルドについて来ているのだろう。


「昨日のうちに森の中に隠しておいたそいつが役に立つ」


 リルドはルマを無視した勝手な言葉を吐いた。

 

 森を抜けるとすぐの両側にショウヤとトミイがいた。彼らも位置を、森の入り口付近まで下げていた。目の前の花畑は戦闘のせいで広範囲にぐちゃぐちゃだ。境界となる白い花のラインもよくわからなくなっている。


 竜は相変わらずベテルギウスがリルド達を睨み、先程の戦闘で崩れなかった穴にリゲルが水を注いでいた。

 オニモグラとてこの惨状では、すでに遠くへと逃げているのではないかと思う。それにこれ以上の水は、ここの土壌を泥水にするだけだろうに。この竜はあまり頭がよくないとリルドは聞いている。人間でいう小学校低学年レベルだ。ヒスイから命令された、花畑の警護遂行のため、ああしてオニモグラを追い出す行動をとっているだけなのだ。リクはリルドの頭の中のそんな知識と思考を読み取った。


 ベテルギウスはリルドとルマが現れると、ルビーのように美しい目の輝きを増した。


「ひいぃ!」


 ルマがリルドの後ろに隠れる。リルドはうるさいなと思った。


「来い」


 リルドがルマの背中を右手で押す。ルマは押される力のままに歩き出した。


「俺は何もしないよ。悪いのはリルドだ。燃やさないで」


 ルマはベテルギウスと目を合わせたくないのか、地面を見てブツブツとそんなことを言いながら、森の中での歩き方と変えずに足を引きずるように歩く。


「お前はここにいろ。逃げんなよ。成功するかはお前にかかってるんだ」


 リルドは明るい声で言うと、ルマの左肩をポンと叩いた。ルマはビクッと体を強張らせる。


「や、やだ。あ、あいつ、ベテルギウス、俺のこと見てる。絶対見てる。このボール気にしてる」

「気にすんな。あいつは俺らが引きつける。お前はじっとしてれば大丈夫だ」


 リルドがルマの耳元に口を近づけて、子どもに言いきかせるような落ち着いた声で言った。しかし実際のリルドの頭の中は、そうは思ってはいない。


「嘘だ、嘘だ、嘘だあ!」


 ルマだってわかっているだろう。ルマは激しく首を振る。


「これ、預かっててくれ。あ、もしもの際は武器として使っていいぞ。それなりに役立つから」


 トミイは笑いながら、ボールで両手が塞がっているルマの右脇に神希棒を刺し込んだ。


「じゃ、頼むわ」


 これから竜に挑みに行くとは思えないほど、トミイの口調は軽い。直後にリルドは竜に向けて走った。そのあとにショウヤとトミイが続く。


「こんなもん預けられたって役に立たないんだ! 俺は武器が苦手なのに!」


 ルマの半泣きの声がしたが、リルドにとってはそんなこと気にかけていられないし、どうでもいい。リルドは右腕を背中に回すと、ウエストポーチの蓋を開けて筒状の感触の何か握り、それを取り出した。体の前に回されたそれは手にしっかりと握られていてよくは見えないが、指の隙間から僅かに見える部分は金属で、美しい彫刻が施されていた。親指の下に、ガラスのようなツルツルした感触の直径一センチくらいの、丸い何かが付いているのが皮膚へ伝わる。リルドはそれを親指で強く押した。ボタンとは違い丸い何かは動かなかったが、それが合図のように筒の先から剣身と鍔が生えてきた。筒に見えたのは剣の柄だったのだ。リルドが両側を確認すると、ショウヤもトミイもすでに剣を取り出していた。


 この剣は誕祝授剣(たんしゅうじゅけん)と呼ばれる剣で、指定された持ち主にしか使えない。

 リルドの一族では誰でも誕生するとすぐに、鍛冶の神様に頼んでその子供専用の剣を製作してもらい授けてもらった。戦闘で折れたり砕けたりしても、数日で元通り剣身が生やせる状態に戻る便利な武器だった。子供たちは小さい頃からこの剣で訓練をした。そして一人前になる一年前、十五歳の誕生日から、親の許可なく剣を持ち歩くことが許された。


「力の交換だ、ショウヤ、トミイ」


 リルドが剣を、剣先が斜め上の空を指すように向けて、頭上に掲げる。ショウヤとトミイはリルドの左右斜め前に移動し、同様に剣を掲げた。三人の中心の空間で、三本の剣の剣先がくっついた。


「ミーナ……リャール……ゾラ」


 リルドが、リクの耳にはそんな風に聞こえる呪文を唱えた。すると三本の剣が急に輝きだし、数秒間だけ、太陽光を取り込んだかのような強烈な光を放った。



読んでくださってありがとうございました。

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