39.佐久間・ヒスイ・森
「森先生は今、サンノゼにいる。フォレスト社で役員達と話し合いをしているみたいだ」
とある日の夕食時、エドがそう話し出した。
「森先生って、ここに手紙を持ってきて以来会ってないよね。四月末には神殿から動けないって言ってたし」
リクが言った。森が海外へ行くと言っていたのは嘘で、キースのための石を作り、更に日頃の激務のせいもあって弱り、ヒスイとして神殿で休んでいたのだった。
「ああ。五月中旬には体調はほぼ戻って、それ以降はこちらの世界中を飛び回ってはあちらの世界に戻る、を繰り返しているらしい。佐久間先生から仕事や遺産を引き継いだから、やらなきゃならないことが沢山あるんだろう。今はアメリカ国内を周っているそうだ。それでサンノゼでキースに会った。キースは元気そうだし、仕事に対する意気込みも熱いと言っていた」
ヒスイさん、佐久間さん、森先生。リクはこの人物をどの名で呼んでいいのか決められない。エドの話では、本人はどれでもいいと言っているらしい。とりあえず今はこの世界での姿を思い浮かべ、森先生と呼んでいる。でもヒスイの姿を見たらきっと、ヒスイさんと呼ぶような気がする。
「それでだな、今ヒスイとして計画していることがあるらしい」
「ヒスイとして?」
「ああ。あの五人のことだ」
「あ」
五人と言われるとあの人達しか思い浮かばない。リード家にさらわれていた五人だ。
あの戦いのあと、佐久間邸には軽症・重症・重体様々な怪我人がいた。ポールが先頭に立って一族の医者達に指示を出し、怪我人を片っ端から見ていった。医者達は皆優秀で、その活躍は素晴らしかった。重体の者でさえも、医者達が命の危機から救っていった。ただし、あの五人を除いては、なのだが。
五人以外はじきに元気になり、全員自力で飛行機に乗りアメリカへ戻って行った。本来日本にいてはいけない五人は――後日教えてもらったが――シオミの力でこっそりとアメリカに移動させられた。そしてそのアメリカで人目につかぬように隠されて、一族の医者達から懸命な治療を受けているが、未だに誰も目を覚まさない。
「去年の夏にリックが治療のために入っていたカプセルがあるだろう。あれを使えないかと考えているようだ」
「カプセルってあの、俺とウィルが戦ったあとにヒスイが用意してくれたあれ?」
河川敷での殺し合い。一年前のことなのに随分前の出来事のような気がする。
リクが目を覚ました時、その治療用カプセルは割れていてもうなかった。使用者のリクは直接カプセルを見られなかったのだ。ただ眠っている間に、カプセルについて話されている会話がリクの耳に入ってきた。そしてあのカプセルは、本来は目覚めるまでに長期間かかるはずのリクを、短期間で目覚めさせてくれた。
「あれを使って、五人に今よりももっといい治療ができないかとヒスイは研究中だ」
「確かにあれは期待できるけど、でもあれって特殊能力のあるポールさんと川原しか使えないよね」
「ああ、そうだ。それもあるし、五人分・五個のカプセルを一度に用意はできないし、今はそういう問題をどう解決しようかと考えているらしい」
「上手くいくといいね」
「ああ。それで森先生はあっちの世界でもこっちの世界でも忙しくて、当分リックの指導ができないと言って残念がっているよ」
「俺だって受験勉強があるから、指導は大学生になってからでいいよ。その方が多分、時間もとれると思うし」
今のリクはまずは受験勉強なのだから。それに一族の五人を早く目覚めさせてあげたいと思う。
「ところで最近フォレスト社から、俺はいつ戻って来るんだって連絡がきてて」
「ええ? 戻らなきゃいけないことでもあったの?」
「そういうわけでもないんだが」
「エドおじさんがいた方が、仕事がしやすいんでしょう」
広瀬が口を挟んだ。エドは困ったように笑う。リクは今まで考えもしなかったが、会社としては、有能なエドに戻ってもらいたいのだ。リクが高校を卒業するまで一緒に過ごしたいと言って日本に来たのだから、リクの大学受験が終わればエドには会社に戻って来てもらいたいのだろう。
「こっちの生活も楽しいんだがなぁ。友達も沢山できたし」
ジムやらご近所やらお店の人やら、社交的なエドは知り合いを広げまくっている。
「オンラインや日本支社での仕事も考えたんだが、本社に戻ってくれって。まぁ、来年の三月まで時間があるし、それまでに状況も変わるかもしれないし」
「ごちそうさま」
食事を終えたリクは食器を持って立ち上がる。エドはアメリカに戻り、広瀬も大学生なら一人で暮らすかもしれない。チャンスはどうするのだろうか。リクは、チャンスはエドと共にアメリカに戻った方がいいような気がしていた。チャンスには護衛か、信頼できるセキュリティが必要だから。
「私はアメリカには戻りませんよ」
ローテーブルの上に置かれているチャンスが言った。
「でもチャンス、チャンスにはメンテや護衛が必要だから」
リクは食器をキッチンに運びながら言う。
「以前のキースのように、信頼できる人物を一人、日本へ寄越せばいいのです」
「チャンス、そうは言っても」
「いや、三月に向けてそれも視野に入れて、森先生とも相談し人選をしよう。あと、リックの第一志望の大学内にも、今のハリスのような者を配置できるように手配も必要だし」
エドがリクの話を遮って言った。
「それよりも、俺が今のまま日本に残るっていうのもいいんだけどね。キースがくれたリード家の資料を調べて記録に残すっていう、将来のための記録保管という、チャンスとの仕事もまだまだ残っているし」
エドはそうつけ足して笑った。
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