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28.フォレスター家の楽しい花火

「珍しく気が立ってんなぁ、川原」


 ヘラヘラと笑いながら田端が言った。田端はスプーンでラタトゥイユの中の茄子をすくうと少量のスープと共に口の中へ入れる。


「味しみてて美味いわ」


 田端は茄子を噛んで飲み込むとそう言った。無表情の川原の顔は田端の方を向く。


「お前さあ、俺達にあたるなよ。お前の気が立っているのは俺達のせいだけじゃないだろ? これからアリスが花火の会場で、沢山の人目にふれるからだろ? 暗くったって目立つもんな、アリスは。そして明日アリスが帰宅するまで、お前はろくに眠れずそうやって気が立ったままなんだ。このクソ暑いのに意味なく体力削ってさ、アホらしい」


 雨宮が馬鹿にするように言った。川原はガチャンと音を立ててフォークを皿に置くと、今度は雨宮の方を見る。イケメン台無しの悔しそうに歪んだ顔だ。


「いい加減にしろ! 挑発や嫌がらせの応酬がしたいならあっちにある、食卓のテーブルに移動してお前らだけでやれ! うんざりだ!」


 とうとう広瀬が怒鳴った。


「先に仕掛けてきたのは雨宮だ」


 と川原。


「でもそれに過剰に反応しているのが、あ!」


 雨宮はそこで何かに気づいたように言葉をきった。広瀬が雨宮のスパゲッティの入った食器に両手を添えていた。広瀬は運ぶつもりであるとわからせるように、食器を少し持ち上げる。


「面倒くさい奴だな。黙りゃいいんだろう」


 雨宮はしかめっ面で広瀬を見て言った。広瀬は雨宮の食器から手を離した。先程、窓から放り出すと言った時もそうだが、広瀬には実力行使しかねないと思わせる迫力がある。雨宮もそう簡単に広瀬にやられるわけではないと思うが、実際行動に移す奴の相手は面倒なのだろう。


「静かになってしまいましたね。一族らしくない」


 チャンスが言った。リクはもう煽らないで欲しいと思った。





「川原からお土産を貰ったんだ。華さんからの差し入れ。家庭用の花火セットだ」


 食事が終わり皆で分担して食器を洗っていると、エドが言った。


「花火? そうか。ありがとう、川原」

「ああ」


 リクが素直に礼を言うと、川原はその一言だけはボソッと言った。


「皆で花火をしよう」


 エドが提案する。


「はぁ~、予定していた勉強が」


 広瀬が溜息をついて言った。今日は昼過ぎから、広瀬が立ててくれた予定通りには、全然勉強が進んでいない。全ては雨宮が現れて引っ掻き回したせいだ。こういう時広瀬は、この予定通りにいかなかった分を後日、数日間に分配して勉強し帳尻を合わせるようにした。今日できなかった分は諦めるなんて絶対にしないのだ。完璧男はこんなところも完璧を目指してくれた。リクは手を抜かない広瀬の指導で、明日以降の勉強が大変になるな、と覚悟した。





 まずエドが自宅駐車場の愛車を、近所のコインパーキングに移動させた。これで駐車場だったスペースがまるまる空く。そして駐車場の四隅に聖域を指定する石を置く。

 この家のオーナーとの契約書に花火禁止と記載はないが、住宅密集地では火の始末や騒音で花火は歓迎されない。近所からオーナーに苦情がいって、エドがオーナーから注意されるかもしれないと心配された。それで一族のみができる賢い手段、聖域を選んだ。

 今回エドが作った聖域は佐久間邸にあったのと同じもの。道路からは適当な景色が見え、近寄るとそれに合った音がするか静音状態。中に入れば実際は何が起きているかわかるというものだった。これで思う存分花火ができる。


 とはいえリクはこの家のオーナーに申し訳ない。申し訳ないと思いながら、終わった花火を入れる空き缶と、水を入れたバケツを用意した。とにかく、火事だけは出してはいけないと思った。聖域を作ったとはいっても、木や布の部分に火が点けば火事は起きるのだ。

 

 花火に火を点けるのはリクとエドの役目。点火棒や蝋燭は必要ない。こんなことにトーチを使うことになるとは思わなかったが、便利と言えば便利である。


 花火が始まると全員がそれぞれ勝手な行動を取る。

 手持ち花火を向け合って、微妙な距離を保って逃げたり追いかけたりの雨宮と田端。二人は火が点いた花火を持ったまま、駐車場内をウロウロと歩き回る。


「危ないから動き回るなよ! 火事とか、火傷とか、考えろよ!」


 リクが注意をしたが、雨宮と田端が言うことをきいてくれる様子はない。リクを無視してふざけ合っている。彼らは危険ギリギリを楽しんでいるのかもしれないが、万が一服に火が点いたらどうするのだ。火傷をしても治してはもらえない。川原は日頃以上にへそを曲げたままなのだから。

 その川原は駐車場の隅でリク達に背中を向け、一人暗く花火をしている。広瀬と笹本は雨宮と田端に巻き込まれないように、川原のそばで大人しく花火をしていた。


「すげえな、桜井と桜井のお父さん。指先で花火に火を点けられんのな」


 広瀬に対して言っているのだと思うが、笹本が花火のスパークを見ながらそう言っているのが聞こえた。


「二人とも体の中に火を持っているからな」


 当然のことのように広瀬はそう言い返す。


 リクとエドは家の玄関の前に並んでしゃがみ、花火をしていた。チャンスはボディの上半身が出るサイズの鍋に入れられ、リクの隣に置かれていた。

 


読んでくださってありがとうございました。

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