26.フォレスター家の楽しいお食事
夕方になりエドが買い物から帰って来た。この時間になっても外はまだ相当暑いそうだ。
「皆に褒められたよ」
リクは当然だと思う。だってエドの姿はどこから見ても完璧だし、一切文句のつけどころがないから。
「和菓子屋のおばあさんが、使っていない紐があると言ってこれくれたんだ。使い方も教わった」
そう言ってエドは一本の青い紐をエコバッグから取り出した。着物を着る時に使う腰紐に似ている。というか、それではないかと思う。紐は両端が結ばれ輪っかの形になっていた。
「こうやってな」
エドはそう言うと輪っかになった紐を八の字になるように捻ると、上手に浴衣の袖を紐に挟んで紐をタスキにした。
「浴衣を着て晩ご飯を作るなら、この方が動きやすいって言われてね」
タスキをつけたエドのちょっと凛々しい姿は、タスキをつける前の優雅な姿とは違って、それはそれで絵になる。
「結局さ、何やっても桜井のお父さんは、かっこいいんだよな」
食卓に座る笹本は口を半開きでエドを見上げると、そう言って深く溜息をついた。エドは食材を冷蔵庫にしまうと浴衣の上からエプロンを着ようとした。リクが今年の父の日に贈った、ブラウンの男性用エプロンだ。例の、渡されていた養育費が残って口座に貯めていたお金の、その一部を使った。
「あ、ちょっとエプロンつけるの待ってください。その前に写真撮らせてください。いい画像が撮れそうな気がするんで」
笹本はスマホを手にして言うと、急いで立ち上がった。
この日エドが作ったのは、ラタトゥイユ、牛肉巻きアスパラ、オクラのソース炒め、スパゲティペペロンチーノ。焼き鳥屋で買った焼き鳥と唐揚げの山も並べられていた。それから雑誌にも取り上げられるほど有名な、商店街の名物コロッケを人数分。このコロッケは運動部の生徒達がよく部活帰りに買って、歩きながら食べていることも有名だ。広瀬達元バスケ部員もよく、部活後にコロッケ屋に立ち寄っていたそうだ。
エドと広瀬が組み立て式テーブルをリビングで組み立てている。リク達は料理が並べられた食卓の横で、食卓上の料理を眺めていた。
「これエドおじさんが作ったんですか? 凄え」
田端がずらりと並んだ料理を、目を丸くして見ている。雨宮は「美味しそう」と呟いたあと、どういうつもりか肉巻きアスパラをじっと見ている。また人よりも多く食べる方法でも考えているのだろうか。笹本は食卓の上を、あらゆる角度からスマホで撮影していた。笹本はここでエドに料理を振舞われる時はいつでも、こうやって写真を撮っているのだ。
実はリクと広瀬は知っている。エドがここまでの腕になるのに、かなり努力したことを。そしてエドのタブレットの中にはエドが集めた、沢山のレシピが入っていることも。
「あれ? 人数よりもお皿が多くない?」
なんとなく食卓に違和感があるような気がしていたリクは、その原因に気づいて言った。今ここにいるのはエドも入れて六人。でも取り皿やスパゲティの皿やラタトゥイユの皿が七人分あるのだ。
「ああ、言い忘れていた。さっき買い物の途中でルカから連絡がきたんだ。やっぱりここに来るって」
組み立て式テーブルをリビングに設置し終わったエドが言った。
「あいつ来るんですか? 俺達のこと怒っているんじゃ」
田端が不思議そうに言う。
「来るけど、楽しむ気はないって。皆を恨みがましい目で見てやりながら食事するんだって」
エドは川原が突然来る気になった理由を言ってから笑顔になると、「でも歓迎だよ。人は多い方が楽しいからね」とつけ足した。
「嫌がらせか。それは楽しみ。俺もなんかやり返してやろう。そういうやり取りのスパイスがあった方が、ご飯はより美味しくなる」
雨宮も笑顔で言った。
「楽しくないし、普通は不味くなるだろうに」
思わずリクはボソッと言ってしまった。言ってしまってから言わなきゃよかったと後悔した。食卓を挟んでリクの正面に立つ雨宮は、肉巻きアスパラを見ていた顔を上げてリクの顔を見ると、わざとらしい悪魔のような作り笑いを向けた。食事の前に見たい表情ではない。それこそご飯が不味くなる。リクは目を逸らした。
『ピンポ~ン』
インターホンが鳴った。
「お、丁度いいタイミングだ。ルカかな」
エドはインターホンのモニターを見る。リク達は食卓の上の料理を、リビングに置かれたテーブルへと運んでいった。
玄関を入った川原が玄関まで出迎えに行ったエドに挨拶をする声が聞こえはしたが、川原は階段を上ってリビングに入って来ると眉間に皺をよせ目を細めて、中に居るメンバーを見渡した。というよりガンを飛ばした。
「お、現れたか。アリスの写真いるか? 田端が一杯データ持っているぞ」
真っ先に雨宮が話しかけた。アリスという名前のせいか、川原の右頬がピクピク痙攣した。雨宮は入ってきた瞬間から挑発するために、その名を出したに違いない。
「そう怒んなよ。アリスは楽しそうだったぜ」
次に話しかけたのは田端だ。田端もアリスの名を出して嫌がらせがしたいのだろう。川原は田端をチラリとだけ見ると無言のまま、雨宮の真ん前の席に座った。
「冷めないうちにどうぞ」
エドが自分の席に着きながら言った。
「いただきます!」と皆で一斉に言い、食事が始まった。
リクは気を利かせて、雨宮がガン見していた肉巻きアスパラを先に各取り皿に取り分けた。雨宮はそれを見て、「桜井ってやっぱ、面白い」とボソッと言った。リクは雨宮を睨む。リクの隣に座る川原は自分の皿のみをじっと見ては偶に雨宮や田端を上目遣いに睨み、フォークにスパゲッティをつまらなそうにクルクル巻きつけていた。
「折角の当主の手料理だぞ。もっと豪快に美味そうに食えよ。現に美味いんだし」
雨宮は川原を見て笑顔で言うと、肉巻きアスパラを一つ口の中に入れた。川原はフォークに巻きついたスパゲティを口に入れるとモグモグと噛む。
「美味い」
口の中身を呑み込んでから、川原は言った。言ってから川原はエドを見る。
「だろう?」
エドは嬉しそうな顔で言った。最近のエドは料理を褒められると喜ぶのだ。
「ところで雨宮、説明してもらおうか。お前、どう暗躍した?」
川原は視線を雨宮に戻してそう言うと、再びフォークにスパゲッティをクルクル巻きつけ始めた。
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