25.現在のキース
「チャンス、その写真、送ってくれ」
雨宮がチャンスに頼んだ。
「俺もだ、頼む」
田端が続く。
「ダメだ、チャンス。ふざけるのはそこまでだ」
リクがチャンスを止めた。いくら訳あり家族とはいえノアは広瀬の兄だ。これ以上侮辱するのは気分が悪い。
「クッソ真面目ぇ。つまんね~の」
雨宮はそう言うと、それならもう興味がないと言わんばかりにソファに戻って行った。
「つまらないか、なら丁度いい。二人纏めて帰れ」
広瀬が英語問題集を見ながら言った。広瀬はチャンスの映した、老けて剥げて太ったノアの写真をチラ見しただけで勉強に戻っている。その時の広瀬は写真を見ても全く表情を変えず、感想も言わなかった。笑いもしなければ怒りもしなかった。くだらないとでも思っていたのだろうか。
「ああ、それなら今日は俺が晩ご飯を用意して、翔と智哉と笹本君に振舞おうと思ってね」
エドが言った。
「笹本君はいつも勉強後に食べていってくれるし、翔と智哉もここに来るなら、偶には皆で食事しようと思って。皆毎日大変そうだから、今日は少し息抜きしたらどうだ?」
「はい、ありがとうございます。エドおじさんから連絡もらって、親には晩ご飯いらないって連絡しました。鞄の中に勉強道具を持って来てるから、ここで静かに勉強します」
とエドの方を見てから普通の顔で言う雨宮。
「俺は写真の編集終わったら、雨宮と勉強します」
と真面目そうに言う田端。
「ただ、家が近いから誘ってみたんだが、ルカは怒り捲っていてここへは来そうもないんだ。そこが残念だけど。俺はもう少し涼しくなったら、浴衣姿で商店街に買い物に行ってくるよ。この姿で街をブラブラしてみたいしね。親しくなった商店の人達から感想も聞きたいし」
エドはそう言うと一人掛けのソファに座ってスマホを弄り始めた。感想なんて聞かなくたってリクにはわかる。誰も彼もきっと、スタイルのいいエドの浴衣姿を褒めてくれるだろう。
リクは勉強に戻ろうと広瀬に渡された問題の続きを解こうとしたのだが、そのタイミングでスマホの通知音が鳴った。リクは休憩時間に読もう、後回しにしようと思ったのだが、「気になるだろ、先に見ていいぞ」と広瀬が言ってくれたので、スマホの画面を見た。
「あ、キース」
キースから連絡がきたのだった。内容は、『川原から凄まじい内容のラインが届いたが、雨宮と何があったんだ?』、だった。そうだった。ラインの内容はアメリカのキースにも届いているのだった。
リクはアメリカに戻ったキースにも、リク達九人のトークグループの中に入っていて欲しかった。キースにとっては日本の高校生達のくだらないやり取りかもしれないが、リクはリク達に起きていることを、キースにも知っていて欲しかったのだ。キースは喜んで参加してくれた。総勢十人だったグループが戻ってきた。リクは嬉しかったが、いかんせん時差がある。キースにとっては真夜中に当たる時間にラインが交わされることもあり、申し訳ない部分もあったが、キースは気にならないと言っていた。
「ごめん、広瀬。キースが川原からのラインについて連絡してきたんだ。ちょっと返事だけ」
リクはできるだけ早く返信を打ち込む。川原の怒りの意味をキースに説明しなくてはならない。
キースは今アメリカ西海岸、エドがアメリカで住んでいた家にいる。フォレスト社で働きながら、大学院に行く準備をしているそうだ。
チャンスを作ったりアンディを探したりリード家に捕まったりして、キースのキャリアは書類にできない部分が多過ぎるらしい。キースは自分の仕事をきちんと書類にするために、フォレスト社でしばらく働きたいと言い出した。フォレスト社としてはキースが戻ってくれるのはありがたい。そしてキースは過去の仕事も現在の仕事も含め、現フォレスト社幹部達(エドが社長をしていた頃の副社長やポールの友人など)に協力してもらい、不自然でなくかつキースの有能さをアピールした書類を揃える気なのだった。もちろんエドも日本から、できうる限りの協力をするつもりだ。
『そういうところ、案外きっちりしてて真面目なんだよな、キースって』
と言ってエドは笑っていた。
キースは、この四年間は自分の人生にとって必要な時間だった後悔はないと言っているが、大切な十代の四年間を中途半端に費やしたキースがリクには気の毒でならない。
今の西海岸の時間は夜。時間的に考えるとキースは、仕事を終えて家でゆっくり過ごしているところだろうか。それとも残業中か。
『連中は相変わらずか』
すぐにキースから返信がきた。
日頃から、リクはキースとよく連絡を取り合っている。近況報告をしあったり、励まし合ったり。ただキースはいつもリクの心配をしていた。
キースは今、充実した毎日を過ごしている。仕事が楽しくてたまらないらしく、トーチの力フル回転らしい。それがキースに痣を貸しているリクの負担になっていて、リクに悪い影響が出ていないかキースは心配していたのだった。ただ、今のところそれは全くない。
リクは毎日受験勉強をしているのだが、悲しいかなリクは、トーチの力をほとんど脳に回せない。回せなければ痣を貸している影響など出ない。そしてリクが痣を通したトーチの力を使うことがあるとしたらそれは、偶にエドや広瀬と川原邸の庭の隅を借りてこっそりやる戦闘訓練ぐらい。本格的な戦闘ではないし、勉強があるから長時間はできない。だから今は、キースには思う存分仕事をしてもらって構わないのだ。それにもし痣の共有がリクにとって何かよくない点があるとしたら、ヒスイから連絡がくるであろうとも思う。
五月に空港で見送ったキースを思い出す。新たな人生を歩み出す、辛い過去から解放された最高の笑顔だった。
大学に合格して高校を卒業したら、キースに会いに行きたいなと思う。その時は高校の友人達も一緒に行くだろうか。卒業旅行として。可能ならチャンスも連れて。
考えただけで楽しくなってくる。リクは絶対に現役で合格するぞと気合を入れて、問題を解き始めた。
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