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24.サンタクロース グレッグ

「グレッグはなぁ」


 エドが名前を言った。どうやら広瀬とノアの父親は、グレッグという名前らしい。


「戦闘に関われる実力じゃないから、運動したり体を鍛えようとしたりしないし、食生活も見直す気がないからか、一族では珍しい体型だな」

「はっきり言っていいですよ、エドおじさん。俺の父親はデブだって。写真、皆に見せてやってください」


 広瀬が言い捨てた。


「チャンス、ノアと裕士の父親の、グレッグの写真を映せるか?」


 エドがチャンスに頼んだ。


「はい。ただ立場が立場ですから、アンディ同様ほとんどありませんよ。でも、かなり写りがいいのを見つけました。これです」


 チャンスのお腹が、名刺よりも二回りほど大きな四角にぼんやりと光る。ボディが変わったお陰であのお腹のスクリーンは、少し大きくなって画質も見やすくなっている。そこに一人の大人と二人の子供が映し出された。


「お父さん、これって」


 リクから見やすいようにリクの正面に立ったチャンスの、スクリーンの真ん中に映る大人の外見がおかしい。リクは十秒程スクリーンに見入ってしまった。


 湧水を湛えた湖を思わせる、透き通るような美しさのある青い瞳。縮れた白く長い髪。顔の下半分を覆う、豊かで長い白いひげ。白い毛の縁取りとボンボンの付いた、赤い帽子。襟や袖口に白い毛の付いた赤い服。ふくよかなお腹に食い込む黒いベルト。そして何よりもその容貌に相応しい、温和そうな優しそうな、相手を安心させる笑顔。

 それは、リボンのついたプレゼントの袋を持つ笑顔の子供を、左右に抱きかかえるように寄り添わせている十二月恒例の人物の写る写真だ。


「お父さん、これって、どう見てもサンタクロースだよね」


 リクはそれ以外言いようがなかった。


「面白え~、広瀬のお父さんってサンタだったのか」


 いつの間にかリクの後ろに雨宮と田端が移動していて、田端が言った。リクの隣に座る笹本は失礼なことに、二人が親子であると結びつかないと言いたげに、チャンスの腹の画面と広瀬の顔を交互に見ている。広瀬を見ると、一文字に引き結んだ口の下唇を少しだけ噛みしめ、下を向いて食卓を見ている。


「広瀬とあまり似てないね」


 リクは広瀬に対してかける言葉がそれしか思いつかなかった。グレッグはノアの父親にも、広瀬の父親にも見えない。全く二人に似ていない。どうしたらこの父親からこの二人が生まれるのか不思議である。これも日本人遺伝子のせいなのか。


「ふん。そいつはそんな穏やかな見た目でも、中身は最低な悪魔だ。身勝手な肉塊だ」


 広瀬が表情を変えないまま言った。しかし『肉塊』とは酷い表現である。それだけ、広瀬は父親が嫌いなのか。広瀬の生い立ちを思えば無理もないのだが。


「四十歳頃までのグレッグは運動しなくても、若さのお陰か今よりもはるかに細かったよ。顔立ちは若い頃から柔和な印象だったから、そのお陰でかなりモテたらしい。二十年位前から急激に太りだして、しでかしたことが俺の父にバレて命の危険があったことと妻の介護に専念しだしたら実年齢よりも老けだして、一族の中でサンタのコスチュームが最も似合う男になった。それで毎年クリスマスにロバートとリリーに呼ばれている」


 エドが説明をしだした。


「俺の両親はクリスマスシーズンになると、フォレスターグループ主催のチャリティパーティーやチャリティイベントをいくつか開くんだ。それで毎年チャリティ会場にグレッグが呼ばれる。サンタクロースとして。本来グレッグは監視付き永久謹慎処分中で、妻の面倒を見なければならないんだが、この姿だけは両親が気に入っていてね。クリスマスだけはサンタになるため、お咎めが解けるんだ」


 雨宮と田端が大爆笑した。リクは広瀬が気の毒で、二人とも黙れと思う。チャンスの腹の写真が切り替わった。遠景で小さいが、今度はサンタの帽子を取った写真だ。そこでリクはとんでもないことに気づいてしまった。帽子の下に隠されていた前頭部は毛が疎らにしかない。


「何、このサンタ男、ハゲ? 別にサンタがハゲてても不思議はないけどさ」


 田端はその特徴をはっきりと言った。


「おいおい、広瀬、中年になったら気をつけろよ。今は大丈夫でも、お前この体質を見事に受け継いでいるかもしれないぞ。デブとハゲっつー」


 雨宮はそう言ってからプッと吹き出した。それから「そうだ、まずは早食いをやめろ。ありゃ太る」と言って再びプッと吹いた。


「でもさ、着物って太っていてもカッコよく着られるって聞いたことあるよ。お相撲さんの着物姿ってカッコいいだろって。広瀬のお父さんも似合うんじゃないかな」


 リクは話題を変えようとして言ったのだが、周囲の反応はない。なんの脈絡もなく唐突におかしな話をして、思いっきり外したなと思った。


「ありがとう、桜井。その気持ちは受け取った。でも気を使ってくれなくていい。俺は実母の件を知って以来、そいつを家族と思ったことは一度もない」


 と広瀬が小声で言った。広瀬の口から厳しい言葉が出た。


「パンパカパ~ン!」


 突然チャンスがそんな擬音を放った。


「素晴らしい写真ができました。お披露目です!」


 チャンスの腹に映した写真が別の写真に入れ替わった。映ったのは、目つきの悪い剥げた外国のおじさんの写真である。これが一体何だというのだ。


「チャンス、これは?」


 リクは尋ねてみる。


「昨夏、フォレスト社のキースの仕事場で盗撮したノアの顔の写真の加工です。三十歳老けさせて、更にハゲさせてみました」


 言われてみれば写真のおじさんはノアに似ている。雨宮と田端はリクの後ろで大爆笑。


「そして更に更に! 太らせる!」


 写真のハゲおじさんノアが、風船のように膨らんだ。その瞬間、雨宮と田端は床に転がって腹を押さえて悶えながら、苦しそうに笑う。


「六十代のノアってこんなかよ。笑える」


 と田端。


「でもこれだとさ、ノアって年取って太っても、どっから見てもサンタ系じゃないぞ。目つき悪過ぎ。こいつがサンタの格好をしても、目が合った瞬間、小さい子が怯えて泣く」


 と雨宮。二人に続いて写真を覗き込んだエドも、写真から目を離すとソファの横に移動し、しゃがみ込んでお腹を押さえている。笑っているのだろう。リクの隣からは「ぷ、ぷ、ぷ」と吹き出す声がする。見ると笹本がリクの方を見ないようにして両手で隠すように口元を押さえ、必死に笑いを堪えているようだった。


「チャンスの選んだ写真が悪いんじゃないのか? もっと優しそうな顔の写真もあるだろう」


 リクはチャンスにそう言った。しかしチャンスはゆっくりと首を振る。


「あいつは、リク様や私がいる時は、常にこんな不機嫌顔ですから」


 それもそうかと思う。ノアはリクのことが嫌いだし、チャンスはノアを挑発ばかりするし。


「そしてこいつはデブ、ハゲだけでなく、この年になってもきっとママ以外愛せないマザコン。きしょっ!」


 チャンスが大声で言った。



読んでくださってありがとうございました。


ブックマークが増えました。ありがとうございます。

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