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18.雨宮の企み

 冷凍室にアイスを入れ終えたリクは、立ち上がるとソファの方を見た。雨宮はソファに踏ん反り返り、ヒヤヒヤ棒を食べている。一方の田端は上半身裸のまま、右手の人差し指でローテーブルを指していた。田端の指の先にある物から、田端の指摘したそれとは、ローテーブルの上の三つのコップのことだろう。


「これ三つとも飲んだの、お前だろう?」


 田端に聞かれても雨宮は何も答えずに、シャクシャクガリガリ音を立ててヒヤヒヤ棒を食べ続けている。三つのコップのうち二つは飲み終わっていて、残った小さな氷がそのとけた水に浮いている。残り一つは飲みかけ状態で、コップには氷がとけて少し薄まった麦茶が、まだあとコップ三分の一くらい残っていた。


「一つは雨宮の、でも残りの二つは桜井と広瀬の。このコップ三つはそのつもりで運ばれてきたはずだ。それを全部お前が口つけちまった」


 田端は正解か確認するようにリクの方を見る。


「もういいよ」


 リクはそう答えた。雨宮はアイスを食べるのを中断すると振り返り、リクを見る。


「そうだったのか? それはすまなかった。喉が渇いてたんで」


 雨宮はそう答えると再び前を向いて、シャクシャク音を立て始めた。雨宮は『そうだったのか?』などと惚けたことを言っているが、実際は、コップ三つのうち二つは自分の物という態度であった。そして残り一つは自分の物ではないような言い方をしていた。どうしてそんな認識になるのか。リクは雨宮に、そう判断した根拠を教えて欲しい。


 アイスを食べる行動に戻った雨宮の視線の先は当然嫌がらせのように、再び田端の置いたヒヤヒヤ棒パイン味だ。


「うっぜ~! ムカつく、クソ野郎。シャツを着るのは食ったあとだ」


 田端はそう言って広げた荷物の中から青いフェイスタオルを引っ掴むと、広げたフェイスタオルを背中側に回すように両肩に引っかけソファにどっかりと座り、自分のヒヤヒヤ棒の外袋をバリバリと凄い勢いで剥いて、アイスを口に突っ込んだ。リクは勉強に戻ろうと思ったのだが。


「桜井、ヒヤヒヤ棒お代わり! 俺もパイン味、食いたい!」


 雨宮がソファの背凭れ越しに、食べ終えた棒を突っ込んだ外袋をリクに突き出す。まだ冷蔵庫の前にいたリクは、冷凍室からパイン味を取り出した。持ってソファのそばに行き、雨宮の持つ空の外袋とリクの持つパイン味の袋を交換した。

 リクは雨宮から受け取った空袋を、キッチンのゴミ箱に捨てると食卓に戻る。食卓の椅子にはすでに広瀬が座っていて、タブレットで何かを調べていた。リクは広瀬の正面に座る。

 座って気づいたのだが、田端と雨宮の二人がアイスを食べる音が結構うるさい。シャクシャクシャクシャクと耳障りな音が、強制的に両耳に入ってくる。


「田端は何しに来たんだ? 勉強会の差し入れ持ってきただけか?」


 広瀬がタブレットを見たまま言った。田端のアイスを食べる音が止まった。


「まぁ、そっかな」

「そうか、ありがとう。じゃ、食ったら帰れ」


 『ありがとう』という感謝の言葉を発しているとは、とても思えないぶっきらぼうな言い方で、広瀬はそう告げたのだが。


「え~、せっかく差し入れ持って来たんだからさ、笹本に会わせろよ。そしたら帰るから」


 今日の午後、リクは笹本と一緒に、広瀬に英語を教わる約束をしていた。多分田端はそれを聞きつけて、勉強会用として差し入れを持ってきてくれた。

 笹本からは、今日は午前中が予備校の夏期講習、一度家に戻って昼食を食べて、それからリクの家にやって来ると連絡がきていた。時間的にもうそろそろのはずではあるのだが。


「そうか、ぼやぼやしてたら、もう笹本がくる時間か。じゃあ俺も会ってから帰ろ」


 と雨宮も言い出した。


「静かに待つからさ。勉強の邪魔はしないよ」


 雨宮はそう言ってから、リクと広瀬の方を見てにっこりと笑った。リクは何か意味のある笑顔だと思った。絶対に雨宮は、リクが予想もできない何かを企んでいるのだ。


「笹本に会ったらさっさと帰れよ」


 広瀬はタブレットを見ながらそれだけ言った。これ以上言っても無駄と思ったのか、広瀬はもう雨宮と田端にうるさく言うのはやめたのだろう。リクとしては邪魔さえしなければ、別にいてもらっても構わない。特に田端は差し入れを持って来てくれたわけだし、むしろ炎天下に放り出す方が、気が引ける。なんたって外は暑いのだ。

 

 田端が徐にソファから立ち上がり、キッチンへ入って行った。右手に棒、左手に外袋を持っているから、食べ終わって出たゴミをゴミ箱へ捨てるつもりだろう。思った通りキッチンから出てきた田端の両手は、何も持っていなかった。

 田端はソファの横に戻ると、再びバックパックの中身を床に広げる続きを始めた。筆記用具、財布、タブレット、そこまで出してやっと淡いブルーの布の塊を引っ張り出した。


「あった、あった。これだ」


 田端はそう言って手にした布を広げる。広げられた布はシャツの形をしていた。爽やかな色合いのTシャツだ。それをそのまま着るのかと思ったが、田端はTシャツをソファの肘掛けにのせた。そして肩に回していたタオルを首に引っかけるとタオルの端で顔をゴシゴシと拭いた。更にタオルの両端を両手で持って、細長くしたタオルを左右交互に引っ張り、首の後ろもゴシゴシと拭いた。そのまま細長いタオルを背中に下ろし、首と同じように動かして背中も拭いた。

 次にタオルを体の前に回しグチャグチャに丸めると、右手で握って胸と腹と左脇の下を拭き、左手で持ち直し右脇の下も拭く。そこでやっと体を拭くのは終了し、タオルはその丸められた汚い状態でバックパックに突っ込まれた。


 次に田端は床に広げた荷物の中から、携帯用のウェットティッシュのような小さなパックを取り上げた。パックの封を開け、中から一枚ティッシュを取り出す。田端はTシャツを着ない。更に何をするつもりなのか。気になって仕様がないリクは勉強を始められず、ただ田端の行動を見ていた。



読んでくださってありがとうございました。

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