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17.田端の差し入れ

「ちょっとごめん、広瀬」 


 広瀬には申し訳ないが、リクは広瀬を押し退けるようにモニターを覗き込んだ。


「ククク……面白え、面白え。期待を裏切らない! 桜井の反応最高! アハハハ」


 笑いの合間に馬鹿にしたように言う雨宮は、わかっている。リクがバタバタと落ち着きなくモニターへ向かう理由を。それは訪問者が兵頭達ではとリクが予想して、ビビッて困っているからだと。そしてリクのその反応はきっと雨宮の思惑通り。リクは楽しそうな雨宮にムカつくが、今はそれどころではない。

 雨宮の思い通りの行動で本当に悔しいが、リクはモニターに映る人物を確認する。


「え?」


 モニターに映っているのは田端であった。リクは見間違えかもしれないと思い、画面に顔を近づけて、その顔を目・鼻・口と順番に確認した。それからモニターから顔を離して映る人物の全体像を見る。どこから見てもやはり田端だった。兵頭達にどう対応しようかと悩んでいたリクは、田端の姿に拍子抜けした。


「はぁ~」


 リクは思い切り息を吐き出しながら肩の力を抜き、ガックリと項垂れる。よかった。とりあえず兵頭達ではなくてホッとした。


「田端だろ? 兵頭じゃなくて」


 と言う雨宮を、リクは急いで振り返って見る。雨宮はリクの方を見もせずに、ふてぶてしくソファでスマホを弄っている。仮に雨宮がモニターを確認しようと振り向いて首を伸ばしても、雨宮の座る位置からではモニターは柱の陰になって見えない。モニターを見ていない、見れないのに雨宮は、訪問者は田端だと言い当てた。とすると雨宮が田端をここへ呼んだのか? それとも田端から行くと連絡がきたのか? 二人は何をしようとしている? 最初からいる雨宮は何を企んでいる?


「鍵を開けたから入って来い」


 広瀬がインターホンの通話ボタンを押して話し、モニター横にある開閉ボタンでドアの鍵を開けた。


「ありがとう」


 広瀬の代わりに自分で出ると言っておきながら、リクは雨宮を見ていてインターホンに返事ができなかった。代わりに対応してくれた広瀬に礼を言った。


「雨宮、うんざりだ。もう出て行け」


 広瀬がそう言って雨宮を睨む。しかし雨宮はスマホを見ながら。


「田端が来たんだから、もうしばらくいいだろ?」


 と言って立ち上がろうとしない。玄関から入った田端が、ドタドタと階段を上ってくる音が聞こえた。エドが寝ているのだから、もう少し静かに歩いて欲しいとリクは思った。





「ちーす! うお~! 涼し~! 外は暑さで殺されそうだった。今日の午後は笹本が来て勉強会やるんだろ?」


 リビングへとやって来た田端はバックパックを背負い、右手に大きなビニール袋を下げている。ビニール袋は重そうではないが表面が凸凹に飛び出ている。


「これ、差し入れ」


 田端はリクにビニール袋を差し出した。


「ありがとう」


 リクは受け取ると中身を確認する。カップや棒付きの、いわゆる定価百円前後の安いアイスが、ビニール袋にぎっしりと詰められていた。ビニール袋の中へきれいに並べて入れず片っ端から雑に突っ込んであるので、袋の表面が凸凹になっているのだ。田端らしいと言えば田端らしい。


「駅前通りのスーパーって今日アイスの特売日なのな。おばちゃん達に混じって、買い物籠にアイス投げ込み捲った。それがそのアイス達」


 そういえば、今日の特売品にアイスがあったなとリクは思い出す。リクと広瀬は夕方涼しくなってからスーパーへ行こうと思っていたので、チャンスから特売情報は仕入れていても、まだスーパーには行っていなかった。


 これはアイスだから雨宮の西瓜と違い、あとでしまうわけにはいかない。リクは冷凍室を開けるとその隙間にアイスを詰めていった。三分の一ほど詰め終わった頃。


「桜井、そのヒヤヒヤ棒ソーダ味、一本くれ」


 という雨宮の声がした。声は近くから聞こえた。顔を上げて見回すと雨宮はキッチンカウンターの向こうに立っていて、しゃがんで冷蔵庫の最下段の冷凍室にアイスを詰めるリクを覗き見ていた。


 リクはビニール袋の中からヒヤヒヤ棒ソーダ味を一本取り出すと、立ち上がってキッチンカウンターの上に置く。


「ほら」

「サンキュ」


 雨宮はヒヤヒヤ棒を掴むと、その場で外袋を開けようとした。


「雨宮、行儀が悪い。座ってからにしろ」


 さすがにリクも雨宮を注意した。雨宮は気持ち悪いくらい素直に、「へいへい」と言って外袋を開けるのをやめた。


「桜井、俺にもくれ! 俺はパイン味!」


 今度は田端の大声が聞こえた。声の方を見ると。


「何やってんだ、田端?」


 リクは田端の姿を見て、不思議に思い尋ねた。田端は先程まで雨宮が座っていたソファの横の床の上にバックパックを置き、なぜか上半身裸である。脱いだTシャツはグチャグチャに丸められて、バックパックの横に置かれていた。


「何やってるって汗だくだから着替えんだよ。ほら、バックパックって、背中に汗かくだろ? Tシャツの背中が一面汗でビチョビチョでさ、気持ち悪いのなんの」


 田端は上半身裸のまま雨宮と入れ替わるようにキッチンカウンターにやって来て、リクに向かって手の平を出す。リクは屈むとビニール袋の中からヒヤヒヤ棒パイン味を出して、田端の手の平の上にのせた。田端は回れ右をしてソファの方向へ戻って行く。その時、田端の右肩甲骨の上に一族の茶色い痣が見えた。リクは田端の痣を初めて見た。田端はあそこに痣があるのだ。

 田端は先にソファに戻っていた雨宮のそばに立つと、ヒヤヒヤ棒をローテーブルの上に置いた。そしてバックパックの横にしゃがむと、バックパックの中身を漁りだした。


「えっと、Tシャツどこに入れたっけな」


 田端はTシャツが見つからないらしく、バックパックの中身を引っ張り出して床に広げ始めた。タオル数枚に何かのスプレー二本、他にもよくわからない物がゴロゴロ。


「田端はTシャツの替えを持って来たのか?」


 リクは聞いてみた。


「俺この季節、人一倍汗かくからさ、Tシャツを常に二枚は持ち歩くことにしたんだ」

「そうなんだ」


 リクは冷凍室にアイスを入れる作業に戻った。早くしなければアイスがとけてしまうし、開けっ放しは冷凍室の中身にもよくない。

 

「雨宮テメェ何、俺のアイスをじっと見ている。アイスに触ったらマジでぶん殴るぞ」

「なんだよ、暴力的だな。別に見ているだけじゃないか」

 

 リクの耳に雨宮と田端の会話が聞こえてきた。雨宮はもう自分のヒヤヒヤ棒を食べ始めているらしく、シャクシャクと氷を歯で削る音も聞こえる。


「また人のもんを盗んで食う気か! 雨宮テメェ、俺のも食おうと思ってんだろ!」 

「思ってないよ」

「嘘つけ!」

「嘘じゃないよ」

「じゃあそれなんだ」


 田端は何を気づいたのか、何かを指摘した。


読んでくださってありがとうございました。


評価とブックマークをくださった方々、ありがとうございます。

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