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15.雨宮よりも強いお方

「それでそいつらから金を借りたのか」


 広瀬が怖い声で言った。リクは自分に言われたわけではないのに、自分に言われたように感じてビクビクしてしまう。


「ああ、そうだ。あいつらカツアゲやめて、暇な時間はバイトするようになって、それで遊ぶ金を稼いでいるらしい。『金、貸してくんね?』って聞いてみたら、すぐにかき集めて貸してくれた。四人とも返さなくていいって言ってるけど、金はあいつらが心を入れ替えて励んだ労働の対価だ。返さないと気の毒だ。あ、返済の目処は立っている。どうせ母親は俺の金の使い道なんて興味ないから、財布の中の十万を数か月がかりで適当にちょろまかせばなんとか返せる」


 リクはポカンと口を開けた。開けたまま、その口を閉じる気になれない。


「お、そうだ。ずっと忘れてた。あいつらに頼まれてたんだった。『雨宮さんお願いします、是非その機会を』って」


 突然、何を思い出したのか雨宮はそう言った。そして馬鹿にするような薄ら笑いを浮かべてリクの方を見る。


「あいつら、桜井に会いたがっていたぞ」

「お、俺?」

「挨拶したいって」

「あ、挨拶?」


 リクはなぜ彼らがリクに会いたいのか、挨拶したいのかわからない。雨宮は嘲るようにニヤリと笑った。この雨宮の笑顔にリクは背筋に冷たいものが走った。


「あいつらは俺を尊敬してくれてるけど、俺の所属グループには俺よりも上のお方がいると話した」


 所属グループ、上のお方。リクはその二つの言葉からまさかと思いつつ、でもそのまさかが当たっている気がした。


「『鷺沢学園に雨宮さんよりも強い奴がいるんですか?』と、あいつら驚いてた。『いるよ。その方が学園内の俺のグループのリーダーだ。俺も一目置いている。俺も以前、怪我させられた。あの方を怒らせるなよ。怖いぞ』と忠告した。怪我っていうのは、一昨年の秋のあの火傷って意味だから間違ってないよな。そしたらあいつら震え上がって、是非お目にかかりご挨拶したいと」


 リクは気を失いそうだった。不良四人に取り囲まれている自分の姿を思い浮かべると、この場で床に倒れて泡を吹いてしまいそうだった。雨宮はなんてことをしてくれたのか。


「雨宮、何で、何で。なぜ俺がリーダー? ご挨拶? わけわからん」


 脳味噌をミキサーにかけられてるように感じるほど頭の中がグルグル回っているリクは、無意識にそんな言葉を呟いた。何を喋っているのか自分でさえよくわからない。


「桜井が体の中でそのプライドの高い放火魔を抱えている限り、桜井はエドおじさんの跡継ぎだ。ということは、お前が俺の将来のボスだ。なら学園内での俺のリーダーは桜井リチャード様だ。俺の言っていることは正しいと思うが?」

「敬称付きフルネームで呼ぶな! それに俺はリーダーじゃない! 怖い人でもない!」

 

 桜井リチャードは本名だけれども、そういう言い方で使われるとバリバリの違和感がある。それにリーダーという立場に関してもリクは否定した。否定しなければいられなかった。リクは、争い事は嫌いだ。目立たず普通でいたいのだ。ちょっとダサ目の高校生と見られるのが快適なのだ。


「学園の一族の中坊どもは桜井を尊敬の眼差しで見てるし、燃やす破壊するの過激攻撃が桜井の十八番だろ? 俺も一昨年、こっぴどく火傷したしなぁ。桜井に逆らっちゃあヤバイ。あ~怖い怖い」


 雨宮は両腕を体の前で交差させて、肩を竦めて身を縮めると、わざとらしく震えて見せた。『怖い怖い』と言った言葉もわざとらしい棒読みだ。リクは雨宮が本当に怖がっているとは思えない。きっとリクをからかって楽しんでいるのだ。


「雨宮、俺についてそいつらに訂正してくれ! このままじゃ困る!」

「なんで? あいつらお前に憧れ、会いたがっているんだ。会ってやれよ。あいつら外見は怖いが、俺がシメて大人しくなってからは、気はいい奴らだから」


 リクは四人についての話を聞いて、彼らの外見は人を威嚇する類のものであろうと想像していた。そして今聞かされた話からすると、想像は間違っていなかった。やはりそいつらの外見は怖いのだ。リクは外見の怖い人達は苦手だ。会いたくない。関わりたくない。


「とにかく、俺は雨宮のリーダーじゃない! 会わない!」


 リクは断固として断ろうと大声で言ったが、その途端、雨宮は眉尻を下げて情けなさそうな顔をした。


「桜井さんに嫌われたか。会ってももらえない……かわいそうな兵頭達」


 雨宮はそう言ってから、悲しそうに俯き溜息をついた。


「嫌うって、そういうわけじゃ。雨宮の友達だって言うんなら、会わないわけじゃ」


 『かわいそう』などと言われると、リクは完全に雨宮に遊ばれているとわかっているのに、兵頭達の気持ちを考えた言葉が出てしまう。


「雨宮、いい加減にしろ」


 広瀬の声がした。雨宮の落胆したような表情が普通に戻り、視線は広瀬に移る。


「で、代筆はしてくれるのか、くれないのか?」


 雨宮はうっすら笑みを浮かべて言った。今までの、不良達の話題はどこへいったのか。よくこう自分勝手に、唐突に話を変えられるものだ。

 リクは視線を広瀬に移す。広瀬は先程から一歩も動かず、雨宮の後ろに立っている。そこでリクは気づいた。広瀬が深く息を吸ったり吐いたりしているのを。その動作で大袈裟なくらいに、広瀬の肩が上下している。

 広瀬はきっと怒っている。怒鳴りつけたいのを堪えている。なんとか落ち着こうとしている。リクはそう思った。


「何もかも包み隠さずそのまま論文に書いて、学校に提出すればいいだろう。そして病院というお前に最も相応しい施設に収容してもらい、頭の中をきれいに治してもらえ」


 広瀬は絞り出すような声でそう言った。そして紙の束を雨宮の頭上に向かって放り投げた。雨宮は落ちてきたそれを、難なく両手で抱えるようにキャッチする。


「え~っ。広瀬も駄目なのか? にしても、言い方が冷たいなぁ。同族の仲間なのにぃ」

「ひっ」


 リクは息を吸い込みながら発したような声の、小さな悲鳴を上げた。理由は『ピシッ』という空間が割れたような音を、聞いた気がしたからだった。実際は空間が割れたりするはずがないし、割れた音がしたわけではない。リクに割れたように感じさせたのは広瀬の周囲の空間だ。広瀬の怒りのオーラみたいなものが、リクにそう感じさせたのだろうと思った。

 更に。雨宮の喉元を狙う広瀬。そんな幻覚まで見えてきた。リクは頭を振ってその幻覚を振り払う。とにかくリクは今、この張り詰めた空気が恐ろしくて仕様がない。


「じゃあ、しょうがない。よそを当たるか。となると次は島村と白鳥と橋本だな。俺はお前の厚意で三人とはラインとかで繋げてもらえてるんだが、住所は知らないんだ。直接訪問してお願いしたいんで、三人の住所教えてもらえるか? お前なら知ってんだろ?」


 ヘラヘラと広瀬に向かって言う雨宮。広瀬の怒りのオーラがまた一段と強くなった。リクはハラハラする。広瀬がここで雨宮と取っ組み合いの喧嘩をするとは思えないが、エドを呼んできた方がいいだろうか。雨宮がどんなにヘラヘラしていても、雨宮の着ているTシャツに書かれた漢字四文字『一触即発』が、嫌でもリクの目に飛び込んでくる。現状に対する不安が増幅される。


「教えてやると思うか?」


 広瀬が、凄みの効いた声ではあるが静かに言った。その静かさが、かえってリクには恐ろしい。


「そうか。別に教えてくれないならそれでもいいさ。チャンスに聞くから。チャンスならエドおじさんの持つ住所録が覗けるだろうし、エドおじさんが三人の住所を知らないはずないだろう?」



読んでくださってありがとうございました。

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