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14.馬鹿って面白れぇ

 駄目だ。ついていけない。雨宮家は家族そろってリクの常識と違う。頭がおかしくなりそうだ。それに雨宮のお母さんは、その点に関しては一般的な日本人ではないと思う。


「母親は定期的に俺の財布の中身をチェックする。金が減ってても俺は使い道を聞かれたことないし、母親に減った額を足させてやればそれで彼女は満足する。それこそ俺が、母親が入れる十万拒否って、諭吉十枚ごときで揉めて騒ぎが起きたら、かえってその方が父親も大変だろ? 興奮して絶叫・号泣が始まると、おばさん達が来てくれるまで手に負えないから。だから理由なんて考えないで、母親の好きにさせておく。それで家の中は平和だ」


 お金のない生活を経験したことのあるリクからすれば、十万円をごときと言えるなんて信じられない価値観だ。


「今や時代はスマホ決済とかだろ? なのに家の金庫は現金山積みだし。俺の母親、金に関しては変人だよな」


 まず、雨宮自身はどうなのだ。人を変人って非難できるのか。それに自分を生んでくれた母親を『変人』って表現するなんてよくできる。その失礼な神経に感心する。


「カード払いが当たり前の父親は、明細の一円単位まできちんとチェックされてビクビクしてるし」

「それで、カツアゲされたあと、どうなったんだ」


 雨宮の脱線した話を進ませるよう、広瀬が雨宮を促す。


「次の部活の帰り道、また駅前の路地にあいつらに引っ張り込まれた。また『金出せ』って言うけどいい加減ウザいんで断って帰ろうとしたら、『痛い目に遭わせてやる』って一人が殴りかかってきた」


 その不良とやらが一般人なら、雨宮を殴るのは不可能だ。仮に殴られてやっても、雨宮にダメージはない。


「足払いかけたらすっ転んで、地面を顔で滑っていった。残りの二人が『テメェ!』とか叫んで両側から殴りかかってきたから、わざとギリギリしゃがんで避けた。そしたらあいつら馬鹿で、俺に避けられた拳がもう止められなくて、お互いを殴り合ってしまった」


 雨宮は「馬鹿って面白れぇ」と言ってケラケラ笑っている。


「転んだ奴は左頬っぺた全面にでっかい擦り傷を作って喚いてるしさ、殴り合った奴らはお互い鼻と口から血ボトボト流してさ、『痛え』って言って半泣きなの。片方は前歯折れてて、もう片方は多分あれ、鼻の骨折れてるぜ。あんまりにも面白いんで、俺、その場で腹抱えて笑ったわ」


 その光景を思い出したのか、雨宮は一頻り腹を押さえて笑った。


「あんまり道が奴らの血で汚くなったから俺にもついたかと心配して、その場で制服と通学鞄調べたらついてなかった。よかったわあ。あの村上は異常な心配性だから、服に血なんてつけて帰ったら、『お坊ちゃまがお怪我を!』とか言って、あいつが卒倒する。そんなのの介抱すんの面倒で嫌だろ? あ、村上な、まだうちで働いてんだよ。もう十五年以上だぞ。あの女、大した変人だ。ありえねえ」


 それから雨宮は、「血塗れのあいつらの姿、思い出しただけで笑える」と言ってから再び笑いだした。しかし急に笑うのを止めて真顔になると、「笑い過ぎて喉、乾いた」と言って広瀬から視線を外し、ローテーブルを見た。雨宮は飲みかけのコップを手に取ると、中の麦茶を一気に飲み干した。そして中が空になったコップをローテーブルの上に静かに置くと、次のコップに手を伸ばした。


 あ、それは俺か広瀬のコップ――とリクは言いたかったが口に出すのはやめた。鍋パの時、雨宮は田端の分までジュースを飲んでしまった。そして今日はお代わりを頼まずに、手はさっさと二つ目のコップへ。雨宮には二人で飲むなら半分にするとか、三人いてコップが三つあるならコップは一人ずつに用意されているとか、そういう概念がないのか。それとも、挑発や単なる嫌がらせがしたいのか。


 雨宮は美味しそうにゴクゴクと麦茶を飲む。二つ目のコップの中の麦茶を半分ほど飲むと「プハ~」と息を吐いて、二つ目のコップを空のコップの隣に置いた。


「『覚えてろ!』なんてベタな捨て台詞を残して、馬鹿どもは逃げた。それから三日? 五日? 全然覚えてねーや。あいつらが再び駅前に現れた。あいつら三人とも酷く顔が腫れててさ。最初誰だかわかんなかったわ。なんか『テメーのせいだ』とかわめき散らしてて、やっと誰だかわかった。今度は兵頭(ひょうどう)とかいうガタイだけはデカい、あいつらのボス連れてた。『顔かせ』って言うから路地に入ったら、いきなりその兵頭とか言うのがあーでもないこーでもない言い出して俺の胸倉掴もうとしたから、その腕掴んで、ひょいと背中側に捻りあげて、体を塀に押さえ込んでやった。兵頭は動けなくなって『クソ! 痛ぇ、離せ!』ってうるさいから、手首離して道に放り出したら、『調子ぶっこいてんじゃねえ!』とか言ってまた殴りかかってきた。しばらく兵頭相手に避けたり転ばせたりして遊んでたんだけど、あ、兵頭そこそこいいパンチ繰り出せる奴だったよ」


 雨宮はそこで一旦話を切ると、小声で「馬鹿は生きてるおもちゃ」と言った。リクはその表現が不快だが、あえて何も言わなかった。


「一発も入れられないもんだから、とうとう兵頭が『やっちまえ!』って号令かけて四人で向かってきた。四人纏めてちょっとの時間だけ、避ける転ばすで遊んでやったんだけど、いい加減ウザくなってきたんで、丁度殴りかかってきた兵頭に『塀を殴れ』って暗示かけたら、兵頭その勢いのまま自ら民家のブロック塀に右拳叩きつけた。骨の砕ける、爽快ないい音がした」


 雨宮は『爽快ないい音』と言っているが、リクは骨の砕ける音なんて聞きたくない。今リクは雨宮の話からその音を想像してしまい、更に音からその痛みまで想像して、この暑いのに背筋がゾッとした。


「兵頭の奴、左手で右手首を握って塀の前で蹲って呻いてたんで、『救急車呼ぶか?』って話しかけたら悲鳴上げて、四人全員で駅の方へ逃げてった。それからどのくらい経ってからかな。それも忘れた。四人とも怪我が治ってたのは覚えてる。駅の改札そばに四人が直立不動で一列に並んでて、通りすがりの人や生徒達がそれを気味悪そうにチラ見してから改札入って、遠目から見て異様なのなんのって。俺が行ったらさ、十万円に色つけて返されて、『舎弟にしてください』って一斉に頭下げられた」


 この時点でリクはわかった。雨宮はこいつらを子分にしたのだ。


「あいつらの話によると、よく駅前通りを一人で歩いているうちの学園のひ弱そうな生徒脅して、金を巻き上げてたらしい。俺って外見は真面目で大人しそうな、いいとこのお坊っちゃんに見えるだろ? 最初はそれで目をつけたし、脅してみたら大金持ってるし、金蔓になると喜んだらしいんだが、二度目以降は無様な返り討ちに遭ってしまった。カツアゲやめんなら子分にしてやるよって言ったら、それ以降四人とも大人しくなった。どうだ、俺って社会の役に立ってんだろ」



読んでくださってありがとうございました。

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