吸血鬼
自由に歩ける頃に成長しても僕らの遊び場はいつも家の中だった。
僕一人ならば母は公園に連れて行くなどしてくれたが、澪がいると家での遊びしか許されなかった。「公園に行きたい」と主張しても「今日は家で遊びましょう?」と窘められた。納得はしなかったが「澪が暴れるから外に行けないのだなぁ」と自分に言い聞かせた。
そんな日が続いたある日、僕らが積み木をして遊んでいる中――。正確には僕が積み上げて、君が崩すという賽の河原の鬼の如き生産性のない遊びだった――後ろで世間話をしている母たちの会話が聞こえた。
「小五郎くんにはいつも悪いことしてるわ。外で遊びたいでしょうに」
「いいのいいの。うちの子は外で遊ぶよりも澪ちゃんに付き合う方がよっぽど良い運動になるから」
「それはそれで罪悪感が……」
「この年頃の子はこれでいいの。うちの子、物分かり良いから逆に澪ちゃんを見習って欲しいぐらい」
「澪は逆に小五郎くんを見習って欲しいですわ」
「まーでもこういう時期も今だけでしょ。幼稚園上がるぐらいには肌の問題も解決するでしょ?」
「ええ、そのはずですわ。吸血鬼の日光問題はその頃には収まります。けどそのあとは吸血衝動とかありますが……」
「いやー吸血鬼って大変だねー」
君はどうやら吸血鬼というものらしい。外に出ないのは肌が日光に弱いから。どうりで我が家に来る時は、いつでも長袖とサングラス、日傘のセットだったわけだ。それに加えて昼時でもカーテンも閉じて照明を点けていたのもそういう理由からだったらしい。対して、澪の母親は日光に関してはたいして気にしてなさそうな様子だったので、小さい頃限定の話なのだろう。
日が落ちて二人が帰宅したあと、母親に尋ねる。
「お母さん、吸血鬼って何?」
母は困ったように、顔を引きつらせて笑う。目が明後日の方向を見ていた。必死にどう言い繕うか考えている顔だった。
「お母さん」
裾を引いて催促すると母は諦めたように息を吐き、膝を畳んで僕と目線を合わせる。
「小五郎は頭が良いからちゃんと説明するよ。もしわかんないことあったら言ってね」
僕は頷いた。
「亜人というのがあるの。同じ人間だけど、身体の作りが違う人間のことをそう言うの。澪ちゃんとそのお母さんは亜人の中で吸血鬼っていう種族なの。小さいと太陽の光に弱かったり、大きくなると血が吸いたくなっちゃう人たちなのよ。澪ちゃんがいると公園に行けないのもそういう理由。でもそれは澪ちゃんのせいじゃない。だから澪ちゃんを嫌ったり、傷つけるようなこと言ったら駄目だよ?」
母は優しい言葉で教えてくれた。
子供では分からないであろう難しい内容もあったと思う。
それでも理解してくれると思って教えてくれた。
僕はそれに応える。
「事情を知ってればそんなこと言えないよ」
言い方が子供らしくなかっただろうか。
「さすがうちの子! 天才ね!」
母は気にせず僕を抱き締めてくれた。
少々苦しかったが愛の大きさだと思い、抵抗することなく受け取れた。