第6話 可能性と3度目
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聖女が聖の存在であるというのは聖女スキルを持つすべての聖女が例外のない事実だ。
それは、魔の者を打ち滅ぼさんとする力の副次効果だという説がある。 なんにせよ、聖女の体は魔の者にとって、毒、あるいは自信を打ち滅ぼす光というわけだ。
だからこそ聖女はその光を帯びた体を使って敵を打つことで相手を滅却することができ、無類の強さを誇る。
されど、聖女―――お嬢にはその力はない。
だからこそ、聖女を除いた聖国で一番の強さを持つグラディオが彼女を守るのだ。
なのに…グラディオはその責務を果たせないでいる。 敵は強かった強すぎたのだ。
だ か ら
ゆえに、彼は欲した。 聖女のおしっこを。
おしっこ。 つまりは彼女の体の一部が欲しかったのだ。
排泄物とはいえ元は聖女の体をめぐり体の一部であったものたち。 そこには溢れんばかりの魔の者を打ち滅ぼさんとする聖の光が詰まっている。
聖女単体では怪物には勝てない。 それは剣士であっても同じだ。
出来損ないの聖女では聖女の責務を果たせない。
だから、彼女を守ると約束した男が、彼女の本来の力。 聖女の力を代行するというのだ。
光を剣に塗ればたちまち剣は敵に対しての超毒の攻撃となり、光を体に浴びれば魔と対抗するものに無限の強さを与えるだろう。
光を我が物に、 おしっこを我が物に。
―――聖女の本来の力、体が聖の存在であるという話がグラディオの口から出た瞬間、聡明な聖女はすぐにグラディオの真意を読み取り理解した。
「…つまり、私達二人の力を合わせて戦うのね…?」
グラディオは落ち着いた表情で頷く。
「…で、でも…そ、それはおしっ………にょ、にょぅ... じゃなくても...」
乙女の羞恥心全開で顔を真っ赤にして項垂れる聖女。
「い、いえお嬢」
「いくら聖女のスキルが万能といえど流石に汗や唾液などの比較的簡単に摂取できるものでは、聖女の力が弱いですし、そもそも取れる量が少ないです」
「その点、おしっこなら量もある程度は取れますし、何より濾された濃密な聖女エネルギーがおしっこには含まれているはずです」
「他の排出物とは比較するまでもありません、やはり俺が摂取するならおしっこが適切かと」
「おしっこ、おしっこって…よくもそんなに恥ずかしがらずに言えるわね…」
尿を要求されている側の聖女は、確かに試す価値のある有意義な作戦に納得しつつもそれが自身の乙女として、いや人間としてのプライドが抵抗感を生む。
さらに、剣士であるグラディオはすでにその羞恥の領域から脱却しており、今は恥ずかしげも見せずに正当な意見として真面目に述べている。そのことが聖女の心を余計に混乱させる。
「僕達ともう一人の人命がかかっているので大真面目なんです」
「恥ずかしがる必要はありません」
いっそ振り切ってしまったグラディオは普段の態度で言い切った。
「うぅ…わかっているのよ? すごくいい案だし可能性もあるのは分かったの」
「でも…でもね…私も女の子なのです」
「いえーい、17歳の聖女のおしっことか堪らないぜ~」
「―――ディー、その発言は今は笑えません、逆効果です」
「すみません」
「………………………………はぁ、分かりました」
「ディー念のため『聖域』を見ていてもらえますか」
「その間に事を終わらせてきます」
「第六詩律の魔法なのであの怪物でもそう簡単には破れないと思いますが…」
「分かりました」
聖女はそう力なく言って、今日一番のどんな状況よりも落ち込んだそぶりで『聖域』の端の方にとぼとぼ歩いて行った。
「…はぁ………………ディーが、私の………………はぁ」
「―――あ、お嬢、心配しないでください、お嬢のおしっこって魔を滅殺する作用がありますから、なんならその辺の水なんかより何十倍もキレイですよ」
「まさに聖水です」
「………………今は聞きたくなかったです」
ちょろちょろ…と何の音かは分からないが聖女の方から、聖女の下腹部の方から、何だか聞こえる音は順調にその量を満たしていっているようだった。
それと同時にここに二つの思惑があった。
一つは、これを剣士が使うのだというアブノーマルに劣情を少しずつ抱きつつある聖女。
教会の方針で欲から離された生活を送ってきた聖女はこの非常識の未知の体験に、グラディオというものが相手だということに少なからず、ねじ曲がった何かの感情を抱きつつあった。
愛ゆえのものか、極限状態による精神混濁の影響か、はたまた聖女にはその性質がもともとあったのか…はわからないが何にせよ、聖女はこの状況に不快ではない何かを感じ始めてきたということだ。
そしてもう一つは―――
ァァあぁぁァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァあぁあァァァァァァァァああああああああああああああぁっぁァァァァァァァァァァァァァァァァァァっァァァァァァァァぁあっァァァァァァァァァァァァアアアアアアアァァァァァァァァぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
大好きな、愛している、全てを愛おしく思いたい。 そんな純情を抱えている男。グラディオだ。
彼の戦いで研ぎ澄まされた耳には、愛しの聖女が秘部をさらけ出し自分が欲したものを排出している音がバッチリ、くっきり、高音質で聞き取れていた。
もちろんその姿を、見ることは出来ない。 彼女のためにも自分のためにも。
けれども見たくても見れないものというのを前に人はどういった行動をとるか―――想像だ。
頭の中で、あーんな姿やこーんな姿を妄想してかき回す。 日々の戦いのイメージトレーニングがよもやここで役に立つとは…
今グラディオの脳内ではまるで見たことのある景色のようにあーんなこーんなが再生されている。
もしかしたら聖女との二人旅もこの想像の映像に一役買っているかもしれない。
さて、大好きなあの子がこーんなことやあーんなことを自分の後ろでしていると知っているなら妄想をしない男子はいないだろう。
それはたとえしたくないものだったとしても、見ていなかったとしても、聞こえればいやでも反応するし想像する。
かくして、純情グラディオ。 平気だなんだと大層なことを口にしていたが、実際はこの猛って仕方がない興奮を隠すための虚飾にすぎない。
彼の脳内は、信じられないくらい色々なことを考えているが…それすべて聖女。
ここに二つの思惑ができたが―――やはり今日も咬み合わせは悪いようだ。
少し経った後。 震える足取りでこちらに戻ってきたのは聖女だ。
その真意を問うたなら、落ち込み、色々な落ち込み。
彼女はきっと、今だけ聖女というスキルを憎んだことだろう。
「…ディー」
そう言って聖女は、さっきまでは飲み水が入っていたはずの水筒に少しばかり溜められた液体を手渡してきた。
聖女は、もちろん生まれてこの方他人の尿など見たことも無かったが、尿というものが本当は汚いもので自分のように透明で純粋なものではない、ということはさっき知ったばかり。
だけれど、それを相手が使うとなると…
<ぼふんっ
聖女の頭から勢いよく蒸気があがった。羞恥の蒸気だ。
「…あ、え…あ、ありがとうございます」
平然を装ってはいるがこちらもかなり心拍数は上がってきている。 拳を力いっぱい握り指が肉に突き刺さる痛みでどうにか冷静さを保つ。
「じゃ、じゃあ―――
剣士が一つ。 手に持つ液体を体に振りかけようとした、その時―――
<バリィィッィィン!!!
『聖域は』…破壊された。
「出てこいコラぁぁぁぁぁ!!! 叩き潰してやるぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!}
怒り猛り、怒髪冠を衝き、世界の温度を10は底上げた。
そこに音楽家としての威厳や雰囲気は感じられず、ただ単に怒りに狂った化け物だ。
「―――あぁあ!! あぁぁあ!!!!!」
邪魔な聖域 が壊れればあとはこちらの番だと言わんばかりに剣士と聖女に猪突猛進。
地面を砕き、空気を切り裂き、怒りに任せた行動は一瞬にしてグラディオと怪物の距離を零にした。
「―――ふんっ!!!!!!」
「っ!?」
亜音速の怒りの拳。
聖域を破られた音に目を向けた瞬間に腹を殴り飛ばされたグラディオは、何が起こったかさえ分からない。
壊れたと言っても、一瞬ですべてが霧散しない聖域が低い天井となり、グラディオは消え散る前の役目が終わったことすら認識していない残留した『聖域」の魔力に体をぶつける。
「―――かはっ………………」
怪物がこの隙だらけの時間を、お茶を飲んで待ってくれるはずもなく。
地面を蹴り上げた怪物は、絶対防御の聖域―――その残滓に重力とは逆らった状態で叩きつけられたグラディオに蹴りをうちこむ。
破られない聖域の高度な魔力の塊が仇となり、沈まない壁は蹴りの一撃の衝撃を吸収してはくれず、その全てをグラディオに背負わせた。
だがー―ーまだ怪物の攻撃は終わっていない。
三百年無敗の化け物であろうと、流石に翼が無くては空は飛べない。
しかし………………地面を蹴り上げた時の力が切れて、地面に舞い戻るまでにあと二百回は殴れる。
「っ!! 、! !っ、ぁ!!!~!!」
声にならない悲鳴をあげながら、その身に数百の拳を受けるグラディオ。
血は滴るどころか爆散し、血管の一本一本がまるで極小極細の水風船であるかのように、破裂し、飛び散り、中の液体をぶちまけた。
腰にさした剣で防御も反撃も、行動しようとはするが固めた行動の意識は迫りくる大量の拳に散らかされた。 剣を持とうにも自身の腕はピクリとも張り付けられた状態から動くことは出来ず、満遍なく全身を殴られ続けることによってまるで全身を覆い隠す巨大な石に踏みつぶされているのかと錯覚するほどだ。
「…ぁ…………」
大量の圧力によって砕け散った聖域の亀裂は広がり、結果崩壊し、グラディオを支えることをやめ剣士の体を空中に投げ捨てる。
聖域が完全に壊れたことで自由の身となったグラディオは、ボコボコに殴られた力の向きそのままに空中に浮かんだ。
まるで空を泳いでいるのかと思わせるよな、漂う動きは徐々に重力に引きずられ…
舞台の端―――暗闇の暗黒の世界へと姿を消した。
完全に意識を飛ばされた状態で吹き飛ばされ、暗闇に落ちたのだ。
「ディー!!!???」
一瞬の出来事にグラディオが掻き消えたことしか認識できなかった聖女は、漂い落ちる剣士の姿をようやく目で捕捉した。 しかし、それはもう遅い。 助けるにしてももうどうしようもない距離にグラディオはいたのだから。
<バァァァァンッ!!!!!
空中から戻ってきた怪物は、巨体に似つかわしい重さを持って地を揺らし亀裂を生じさせた。
「はぁ…はぁ…ふぅ」
怒りの虫が収まったように深呼吸をして心を落ち着かせた怪物。
その光景はまるで冷静さを取り戻す人間さながら。
「…」
辺りを見回した怪物は、まだ退場していないゴミを一つ見つけた。
「ドシドシ」と舞台に十分迫力のある足音を響かせて、聖女へと向かう怪物。
それを見た聖女は、諦めることはなく、かと言って―――対抗しようともしなかった。
鈍重に歩いてくれる怪物のおかげで、膝をつき、手を合わせ、頭を垂れる時間は十分にあった。
それは、怪物に対して、人類の敵に対しての、慈悲を求める行為ではない。
瞑想し、心落ち着かせ、ここまでの人生に感謝を告げる行為だ。
神に、教会に、人々に、そして剣士に。
自分の最後を悟ったからこそ、感謝し別れを告げる時間だ。
齢十七の小娘になったなら、泣き出してグラディオの名を叫んで、敵わなくとも怪物に罵声を浴びせたかった。
しかし、聖女としての誇りと誉れを背負う彼女にその行動は、例え死ぬその時でも許されない。
いつまでも高貴で慈悲溢れる存在でなければいけない。
よって彼女は、迫りくる7mの怪物など気にも留めない。
意識が途切れるその最後まで聖女として、生きたかった。
怪物にとって聖女の存在は終始“無”だ。
しいて例えを挙げるなら、羽虫もいいところだろう。 客として歓待したはいいが、思うようにいかず、かと言って廃棄しようとしても抗う。
怪物にとって迷惑極まりない。 でも、それでも、だ。 怪物にとってこの一幕は終始お遊び程度にしか感じられない。
迷惑だと感じてもそれは、就寝を邪魔する羽虫程度。 どうとでもできるというわけだ。
当初は感じていた蹂躙する快楽も今ではすっかり冷めきって、無表情に、ただ淡々としたおぞましい顔で、朗らかに祈りの姿勢を崩さない娘を―――殴り飛ばした。
―――そんなことはさせないのが、グラディオの、剣士の―――役目だ。
<バァァァアァァン!!!
2度目。 これで2度目だ。
怪物は怒った。
さっきもそうだ。掃除しようとしてもまた邪魔が入る。
怪物は困惑もした。
こいつはいったいどこまで立ち上がるんだ、と。
全身を血に濡らし、おおよそ体の全パーツ破壊された部品の方が多い現状だが、立ち、立って、立ち上がって聖女を守った。
グラディオだ。
舞台から落ちたグラディオはすぐに心火を燃やし、覚醒した。 しかし両方の腕は神経ごとめちゃくちゃにへし折られ、足は怪物の打撃によって関節が二個も三個も増えていた。
だから―――口を使った。
軋む、古びた廃館の木材のように『みしみし」と悲鳴をあげる背骨を根性で黙らせて、空中で体をどうにか振り回し、自らの顔面を急速にスクロールしていく舞台の外側の壁に叩きつけた。
当然受けるとてつもない衝撃。 しかしそれすらも無視し手で踏ん張れないからこそ口を開き歯を突き立てた。当然重力で落ち続ける人間を、たかが歯を壁に突き立てたところで止められるわけもない。
しかし、どれだけ歯が砕けようとも、どれだけ顔面が擦れようとも、壁に食らいついた。
そうして…まるで顔面をやすりで削ったかのように無残な姿になるころには、グラディオはもう止まっていた。 さきほどの殴られた痛みも、壁に削られた痛みも、全て我慢して、砕けた足を無理やりに壁に突き刺し、自分より上を、もっと上を――ー噛みつき食らいつき、登った。
馬鹿みたいな痛みに頭は沸騰しているが休むことなく上って、驚異的な速度で舞台へと戻ってきたのだ。
顔を舞台に乗せれば、見えてくる光景は【聖女の危機】、紙のようにペラペラとしなる腕を地面に叩きつけ無理やりに走った。
腕も動かなくて、足も立っていられなくて、だからー―ー頭で。
頭で怪物の拳を止めることにした。 血だらけで、目もあまり開かないけれど、頭で拳を止めた。
怪物は、何度も何度も自分を止めてくる男に憤慨し、二発目を打った。
頭で守った。
三発目。
聖女を狙った攻撃じゃなったのでそのまま受けた。
四発目。
五発目。
六発目………………
。。。
狂っているのはどちらかもう分らなくなってきた。そんなころ。
どんなに殴られようとも倒れない。
グラディオは意識を飛ばし、それでもなお条件反射で拳を受けた。
やがて、筋肉で支えることができなくなった足は根本から「ぐしゃり」と崩れ、結果的にグラディオは倒れた。
第六詩律の魔法の行使で魔力を使い果たし、もう低位の魔法ですら唱えられない聖女は目に涙を浮かべグラディオに駆け寄った。
「ディー!! …しっかりっ! 気を確かに持って!!」
生命力など、もし数値として見れたならとっくの昔にマイナスに踏み切っている。
ゴキブリのようなしつこさと、聖女の回復によってここまでどうにか保っていた命。
しかし、それも尽きていくばかり…
何度も立ち上がり、何度も希望を勝ち取ろうとあがいた。
しかし、絶望は…本物の絶望は打ち勝つことなど不可能であった。
やがて神が、ぼろぼろ…いやぐちゃぐちゃになった彼を連れていくだろう。
その後には聖女も来る。
悲しき絶望を前に、聖女は祈りをやめ傍らの剣士を抱きしめた。
本当は今もこの身を焦がす情愛を全て注いで抱きしめたいが…彼の体にそんなことをしてしまえば一瞬で生命の枝は折れてしまうだろう。
怪物のことなど気にせず、けれどさっきの祈りの時間とは違ってこれは聖女の時間ではない。リールの聖女の少女としての時間だ。
倒れる剣士は、頬を撫でてくれる聖女に何もしてやれなかった。 守ることも、ほほえみを返すことも。
悔しかった。
それを、その光景を怪物は諦観し、人の心理を見つめていた。
三百年生きた化け物の強さの本質は“学び”だった。
最初の数十年は彼はやってくる人間を何度も何度も見続けた。 勝利しても研究した。 人の模倣から彼の生きる術は始まっていたのだ。
でも、いつしかそれは傲慢になり、音楽に目覚めてからは退化するように餓鬼のような性格も出てきた。
だけれど、久方ぶりの学び。 今彼は冷静な彼は人を見て学んでいる。
醜くあさましい巨大な悪はいつしか偉大な音楽家になっていた。
人の性格の根幹を見つめた時、彼はまた成長した。
人の心理をまた一つ何百年ぶりに見つけた彼は敬意を示す。 二人を今までの有象無象とは何か違うと考え付いたのだ。
であれば生存の道か。 いやそうではない。 最大限の譲歩。 それは彼らに安らかな死を与えることだ。
今の彼には音楽も楽器もどうでもよくなっていた。
この二人を見て感じた何かを心の内で何度も理解したかった。
なので、そろそろ幕引きだ。 変わらず退場を願おう。 ここは音楽家の家だ。
音楽家は巨体に戻り、蹴るというよりは送るようなイメージで二人まとめて痛みが無いよう、舞台から吹き飛ばした。
―――転がる二人。 吹き飛ばされたあとも聖女は剣士に歩み寄り、また彼を撫でた。
こうしていたかった。
怪物はそんな二人を憐れみ、一度で飛ばしてやれなかったことを後悔した。
初めての手加減は少々難しかった。
その時、彼が剣士が動いた。
動くというより痙攣に近い形だが、それでも絶命に近い状態で体を動かせたのだからたまげたものだ。
「………………こ、んな…ところ、に…あった、のか…」
目は右目だけが辛うじて開き、それでも半目以下しか開いていないが。
彼はその眼で見たのだ。
「まだ…負けない…俺は…勝ってない、一度も、ぶっ飛ばせてない…」
「………………だよな、?」
掠れた声で、無理に声帯を動かしてグラディオは言った。
聖女はその声に無条件で反応し、撫でる手を止めた。
彼女は気付いた。
そして彼女は彼の傍らから走り出してしまう。
「…まったく、見せ場の一度も…作らせてもらえない、そんな、の…いやなんでね」
「これで…三度目だ、が。 こんどこそ…勝たせてもらう…」
「三度目の正直だって、な」
震える腕を伸ばして手につかんだのは持ち運びに優れたただの水筒
ふたを開け、何とか口まで運んで―――飲んだ、飲み干した。
「………………ふぅ…」
仰向けの状態で彼は一呼吸。
「何度も、何度も、リベンジフラグを立てておいて、この様で申し訳ない」
「でも、安心してくれ………これで――ー」
どこかに走っていった聖女が白黒の剣を投げてくれる。
剣士は立ち上がり、剣を掴む。
ファイナルラウンド。
「―――決着だ―――」