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第3話 聴きたくない名演奏と高すぎる壁


 その後も順調に()()と降り進んだ聖女と剣士。

 道中現れた敵は完璧なまで平等に剣士グラディオによって真っ二つにされた。

 

 一階二階三階…降り進むごとに現れる敵は強く巨大な怪物になっていったが、グラディオにはその違いを十分に理解することは出来ず。彼なりの優しさに従って、聖女に苦労は掛けさせまいと、高速で武器を振り発生させた風の太刀で相手を両断した。

 これも【スキル】、斬撃を数十m(ミーター)先まで飛ばすことのできるというものだ。

 グラディオが聖女に気付かれずに相手を殺す時によく使う便利な技なのである。


 そうして、敵を知らず知らずのうちに倒し続けなんの手掛かりをもつかめないまま―――地下八階。


 七階からの階段を降りればすぐに伝わったこの不穏な空気。

 そしてすぐに理解する八階の異様さに。


 その景色は地下だというのにあまりにも開放的で広々とした空間であった。

 まるで一種の【世界】のように底の見えない巨大な空中空間はそこだけをくり抜いたように土も壁も存在しなかった。

 ただ階段だけが、空中空間にポツンとだけ立っている()()に続いているのみだ。

 劇場…そう劇場。そうとしか形容のできない目の前の建物は年代を感じさせはするものの、決して廃れてはおらず、この独特な風景と相まって神秘的ともいえる。

 十中八九ここが最奥。 こここそに遺跡の宝、冒険者たちが求めてやまない物が大量にあるのだろう。つまりはここに何かがある可能性が高いというということ。


「ディー、行きましょう」


 グラディオは声を出さず、目配せだけで相槌を打った。歴戦の猛者である彼にとってここの雰囲気はどうにも耐え難い()()があった。

 その何かに気圧されてしまった彼には声を出すことは出来ない。緊張と臆病の狭間に彼の意識はある。

 

 手すりも何もない、ただ階段のみの足場は妙に安定していて逆にそれがこちらの不安をあおる。下は見えない。ここから落ちればまず間違いなく死ねる。

 怖い足場にようやく足がすくんできた聖女は恐怖心から下を見てしまう。吸い込まれそうなほどの闇と黒がこちらを招いてくれる。

 ところが、聖女の目線はもう少し先へと移ることになった。下への恐怖も程ほどに、彼女の興味の対象があるものへと引きずられたのだ。

 それは、この暗い暗い十分な明かりのない空虚な空間で自分たちの後ろ、つまりは自分たちが降りてきた方向へと向いたのだ。

 微かではあるが、目の良い聖女にはその形状が良く見て取れた。一見すれば何の変哲もないこの空間の壁であるが、その実、それは塔の内壁のようにも見えた。

 そう考えると、この空間自体のモチーフが地下の塔と思えてきてしまう。巨大な円形上の塔が丸々地中深くに埋まってしまったような。

 先の時代からかなりの数存在し、いまだにその半数も攻略できていない遺跡たち。誰が作ったのかどのように作ったのかなぜ作ったのか。誰にもその真相は分からない。


 聖女は、内壁の疑問を心の中に収めて頼もしい自分の剣士へと目線を上げた。

 彼は勇敢にもその歩調一切狂わすことなくただ平然とこの長い階段を下っている。

 聖女は彼だけを見つめ、この暗い世界ではなく、彼の色の抜けた白髪を、真っ白な白をただ微笑ましく見つめたのだった。


「―――お嬢、馬鹿みたいに前だけ見てると転びますよ」


 前を歩いているはずのグラディオは嘲るようにこちらを向いて言った。

 

「な、バカだなんて失礼なっ!」

「ディー? お付きの人がいないからって調子に乗ってはないかしら」


 聖女は、こちらを向いていないはずのグラディオがなぜ自分の見ている場所が分かったのか、大層びっくりしたが慌てて反撃する。

 当然、馬鹿と言われたことに憤慨はない。


「それを言われちゃこちらも降参」

「へいへい聖女様すみません」


 おどけた口調で返すグラディオ、しかし―――


―――やべぇぇぇ! なんでずっと俺を見てんだよ! ドキドキ止まらなくて落ちそうだったわ馬鹿野郎!こちとら視線を感じる訓練なんてずっとやってんだよ! こんな至近距離でそんな熱い視線………あぁぁぁぁ!!!


 グラディオはグラディオで結構慌てていた。


「もう、またそんなこと言って…」

「―――でも、もうおしゃべりもここまでのようね、着いたわ、ディー」


 目的地へとようやくたどり着いた二人。しかしその想いは見事なまでに重なっているにもかかわらず今日も今日とて咬み合わせが悪いようだ。

 


 劇場の扉を開け、外装とはうって変わった内装の豪華さに心を奪われる。豪華絢爛とはまさにこのことで、自然と「キレイ…」という言葉が口からこぼれ出てしまうほどである。

 しかし、その煌びやかな内装もこの閑散とした雰囲気によってどこか薄暗い寂しさや、非現実感めいた恐怖心が芽生える。

 

「ここの装飾どれも素晴らしいものです」

「でもなぜ冒険者の方々はこれらを持ってかえることはなかったのでしょう」

「ここは危険な場所だとこの地域ではかなり前から言われていた場所です」

「このエントランスの装飾一つ持ち帰るだけでもかなりの価値があると思うのですが…なぜ誰も帰ってこないのでしょう」


 なるほど、確かにそうだ。

 ここが危険だと分かっているのなら高価なものを数個とってまだ安全地帯であるここからすぐに立ち去ればいい話だ。

 何かがおかしい。

 

―――奇しくも、その回答は自ずとやってきた。


 <シュンッ


 微かな音が聞こえたと思うと、グラディオはすぐに辺りを見回した。

 安全第一、敵からの攻撃だとするならすぐに対処しなければ。

 しかし探そうとも見渡そうとも、答えは見つからない。 でも何かが違う、それだけは間違いない。 けれどいったいこの違和感はなんだ。


 不自然な自然にグラディオが頭を悩ませていると、聖女は間違い探しをクリアしたように手を打って喜ぶ。


「分かりましたよ! ディー!」

「出口が無いんです! 出口、というか入り口も!」


 先ほどの物音がいったい何を起こしたのか、それはこちらの退路を断つ行為。 

 気にもしていなかった微かな記憶を探ってみれば、確かに扉のあった場所は今やただの壁となっている。

 答えが分かって喜んでいた聖女、この状況が指し示すことに思考が回ったのか「…あ」と一気に表情を落ち込ませる。

 

 退路は断たれたが、元より引く気はない。 覚悟を決め劇場内の大ホールへのドアを開ける。

 眼前に広がるは―――吹き抜けの、舞台。

 壁がない、四方八方、床以外の全てが無い。

 劇場はただのはりぼてだったのだ。俺たちは戻ってきたのだ、この()()に。 周りを見渡せばやはり暗闇。どこまで落ちるかもわからない永遠の闇。


 開いた大ホールの扉の先には収束するように一本の通り道があり、その先には舞台。 その舞台には、【音楽家】がいた。彼は【音楽家】だ。

 しかし、音楽家ではない。なぜなら彼は人間の頭をクルミのように叩き潰しその脳漿をすすった。なぜなら彼は人間の部品を改造し楽器を作っていた。なぜなら彼は骨と皮と内臓をこねくり回し作ったであろうピアノを弾いていた。

 ピアノというには残念を通り越して不快でしかない音響で、彼がルンルンと引き比べていくどの楽器もそれはもう楽器ではなく拷問によって生じた“音”だ。

 ここに生者はいない。あるのは死体を無残に再利用された悲しい亡骸ばかり。


 いつしか後ろの扉も消えていた。

 先ほど下ってきた階段ははるか後方に途中で途切れたように空中に浮かんでいる。

 後ろはもうない。あるのは下ちる闇。2人はもう舞台にもう乗ってしまったのだ。



「―――やぁ、お二人さん」

「どのような夜をお過ごしかね?」

「いやいや、年頃の男女二人、そう野暮なことは聞かないよ」

「でも、そんな二人がこんな時間に私のコンサートに来てくれて本当に嬉しい」

「さぁさぁ、そんな隅にいないでこちらにきたまえ―――つい最近良い楽器が入ったんだ、聞かしてやろう」


 彼は落ち着きのなさそうな態度で、歩きながら語った。

 その歩幅は歩くたびに長くなっていく、彼の聞くに堪えない話が続くほどに彼は人でなくなっていく。

 そもそも、人に近かったのは体とその体躯程度であったが、もうその仕切りもない。彼は化け物だ。怪物だ。

 彼の安っぽそうなコンサートコートは悲鳴をあげミシミシと彼の成長に耐えようとする。急激な体躯の変化は目が追い付くごとに振りきっていく。

 気付けば彼の身長は優に7m(ミーター)を超えた。

 

 その奴が何か箱の中から持ち出してきた楽器は―――


「これこれ、バイオリンというのだろう」


―――()()()()()であった。


「ディー!!」


「わかってる!!!」


 それを見た二人は音速のごとく行動した。

 分からないことと不思議なことで頭が一杯一杯だった二人だが、生きた者を見てすぐに打算的な考えは捨てた。

 生きる者を救うための行動か、それとも棒に背筋を伸ばした状態で括りつけた生きた人を左手に持ち、右手に弓に見立てた鉄剣を持つ怪物を見て、それが何を意味するのかを理解したからか。

 どちらが先とは言わない。しかし彼らは剣を引き抜き、杖を立てた。


「ッ!!!!」


 フェイントを絡めつつも最高速で敵に近寄り、敵の汚い手を切り飛ばすため下段からの斬り上げ。剣士の鍛え上げられた肉体から放たれた、殺意の籠った一撃は可視することが難しいほどの速度で、また大気さえも問答無用で切り裂くような暴力で相手を急襲する。

 しかし―――<カァンッ!!


 コートを突き破り飛び出してきた奴の三本目の腕がグラディオの一撃を()()で弾いた。

 

「なっ!?」

「―――ぐはっ!!!」


 完璧な不意打ち、それは弾かれた体制でもう一度敵に剣を突き立てようとしていた、諦めの悪いグラディオを襲った。初撃が弾かれた体制から攻撃の態勢へと移る寸分、奴の四本目の腕が羽虫を叩くようにグラディオを舞台の端までぶっ飛ばした。

 その間にも奴は、グラディオの攻撃など意に介したそぶりも見せず


「喜べ、これが初めての試奏だ」

「今回の出来栄えはいかに―――」


 完全に力をなくし棒に吊るされている力だけで辛うじて棒にへばりついている人間が、最後に消息が途絶えた冒険者の団体の一員ならば、あの人がここにいた期間はおよそ一週間。このおぞましい地獄に一週間以上もいたのだ。 あまりの恐怖に苛まれていたのかその人の目元は遠い距離でもわかるほど赤く腫れ、血の涙を流したようにくっきりと涙の跡が見えた。脱力しきり意識さえ無くしているその人を奴は左肩であろう場所に添え、嬉々として―――弓を引いた。

 

 響き渡る絶叫、それは音ではない、これはもう音ではなく別の鼓膜を撫でる不快な何か。

 恐怖から気絶という形で逃げていた彼の意識は、巨大で醜悪な化け物の巨腕でいとも容易く現実に引きずり出され、枯らしたはずの涙の代わりと言わんばかりに体内からどよめいた血液があふれ出した。


「お嬢! 助けろ!!」


 そう言われた聖女は、一瞬のうちに悩んだ。

 なんせ今までの光景は時間にしてみれば五秒にも満たない。彼女は剣士が走り出した時から自身の攻撃手段を構築し始め、もう撃てる状態であった。

 しかし眼前で広がった惨劇を目が脳に伝えた瞬間、彼女は迷った撃つべきか、助けるべきか。

 これほどまでに短い時間での思考。体が追い付くはずもない。


 だからこその剣士の一喝。

 聖女はその言葉を脳で考えることなく体で反応して見せた。


「『廻順せよ』―『不死鳥の如く』っ!」

「【生命の回帰(コール)】!!!」


 即決即断の回復魔法。攻撃の手段がほとんどを占める魔法スキルの中にある比較的詠唱難易度の高い言わば補助魔法だ。

 

 生命の温かさを感じる光は()()()()()を包み、傷を癒す。

―――が、奴はそんなことお構いなしに弓を()()()


「あぁぁぁぁぁぁぁあぁぁっぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」


 変わらず響く絶叫。

 楽しそうに笑う化け物。

 聖女は堪らずすぐに回復に再び手を回す。


 治しては裂け、直しては裂け、治しては裂け、直しては裂け。


「素晴らしい!! さいっこうの響きだ!!!」


 耳をふさぎたくなるような不快音に心躍らせる芸術家。


「―――何笑ってんだよ」


 完全な死角からのグラディオの一撃。彼は吹き飛ばされた後すぐに体制を立て直し、この地獄を終わらすべく全力で拳に力を込めて剣を振るう。

 弾かれる―――がそんなこと当にわかっている。五本目の腕が出てくる―――予測済みだ。

 彼は剣を振り続ける、一太刀一太刀が奴を殺すべく生まれた渾身の一撃。しかし奴には届かない。

 奴は全く気にせずこめかみまで裂けた口を大いに吊り上げて狂気の笑みを顔いっぱいに広げている。

 何度かに一度腕を斬り落とすもすぐに生えてきてまた邪魔をする。楽器になったこの人をどうしても助けられない。

 だがその間にも、楽器には永遠の苦しみが降り注いでいる。

 腹を裂かれ、胸を割かれ、腿を下ろされ…その後には天使の息吹を感じ現世へと消えかけていた感覚が舞い戻る………いや舞い戻ってしまう。

 

「ッ!!」

「ぁ!!!」

「くそがぁぁぁぁぁ!」


 何度切り刻んでも何度叩き落そうと再生する邪魔な腕。

 回復に手いっぱいな聖女に手助けは求められない。 かといってこちらに加担しようものなら、今にも消えそうな()()()()は完全に掻き消えてしまう。


「―――あぁ! 鬱陶しいなさっきから! 黙って私のバイオリンを聴けんのか!!」


 流石にこちらの攻撃を看過できなくなったのか奴はバイオリンを弾く手を止めこちらに意識を向けた。 

 ……しかし、しかしそれは間違いであった。そう考えるのは間違いだった。奴は攻撃を無視できなくなったのではない。ただ単純に奴の言った通り、自分の音楽を聴かないことに腹が立っただけなのである。

 全ては効いていない。やつに攻撃など…一度も出来ていない。

 

 なぜなら奴はこの()()()()―――無敗の化け物であるのだから。



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