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第1話 大層な演奏会と天上の奴隷

 

 鼓膜を震わす重低音がそこかしこから響き、塔内を「ドドドッ」と揺らしてやまない。

 目の前の()()()()()があげる奇怪な鳴き声とも唸り声ともとれる高音と相まって、それは素晴らしい()()()()が鳴り響く。

 高音と低音の丁度間の音たちは()たちの震えが担ってくれることだろう。

 さぁこれで完成だ。 不出来で不完全で()()の舞台の誕生。


―――では、乾杯は置いてまずは拍手だ。 

 おぉおぉ、そんなに緊張しなくてもいい。ほら、携えた立派な剣が君たちの楽器だ。使い方はその横にぶるぶると震わせるのが合っているのかは知らないがね。

 

 その安っぽそうなひらひらのコートを(なび)かせて、その巨大な体躯に良ーく似合った尊大な口調を使い彼らに語り掛けたのは―――()、異形の存在だ。

 明らかに相手を舐め腐った心境は口元、手つき、いたる所からはみ出していて、そのおどけた感じもまた堪らなく不愉快。

 しかし、それを正す者も、忠言を呈す者は誰もいやしない。

 全ては奴の独擅場(どくせんじょう)。あぁ無常。 この場に正義は存在しない。


―――さぁて、それではそろそろ演目を始めるとしよう。

 ま、今宵も私の独奏(ソロ)コンサートなのだがね。

 くっくっ…アッハッハッハ、アーハッハッハッハ!!!!


 かくして、舞台は開演する。

 暴力と芸術、本来円と円で互いに1点のみの交わりしか持たぬはずだった2つの存在は今、同等となった。

 その両立してしまった新しき次元は、舞台を強制的に終幕へと引きずり込む。

 

 演奏時間―――5秒。

 

 出演者――― 独奏者(ソロリスト)

        エキストラ他5名


―――第698回独奏コンサート、これにて閉演。


 

。。。



「―――()()()、また…冒険者が消息を絶ちました」


 ()は自分の部下からの報告を受け、その聞いたありのままの事を目の前の女性に伝える。

 人が消息を絶つ―――すなわち死もしくはそれに近しい状態であるという大変悲しいことではあるが“また”といったように、この消息不明の事件は別に今回が初めてのことではない。そう毎回悲観的になどなっていられない。


「………そうですか」


 清々しい天気をお茶と共に優雅に味わっていた()()にはあまりにも酷い報告ではあるがこれもまた業務だ。

 それでもやはり、これほどまでに爽快なお昼後の休憩になんだか毒を盛ってしまったようで心苦しい。

 

「では、すぐに参りましょう」

「…これ以上は看過できません」


 そう言うと、主人―――()()()は志を伴った面持ちで立ち上がり、まだ始まったばかりだった休憩を中断した。

 自分たちは帰ってきたばかりの身なりなので、出かける用意はあらかた終わっていると言える。

 ()白黒(しろくろ)(つるぎ)を持ち、()()黒白(こくびゃく)の杖を持つ。

 ついさっき通ったばかりの大きな扉をくぐり、やっと帰ってきたという安堵感を部屋の中に置いていき城の外に出る。


 これは俺の役目。これも俺の役目。 ()()に、()()に、付き従うのが俺の役目。

 彼女が目指すところが俺の目的地。


 さぁ、()()()退()()だ。



。。。



 揺られる馬車に身を任せ、されども己が腰にさす白黒の剣をいつでも抜刀できるように神経を張り巡らす人物。

 彼の名は、【()()()()()】。家名も無ければ実名でもない。 

 しかし彼はその名をひどく気に入っている。 それはひとえに、敬服と敬神によるものが大きいのだろう。

 彼はおもむろに己が掴む剣をより一層握った。剣士のグラディオは彼女を見て緊張しているのだ。


 そう彼女。馬車にはもう一人の人物が乗っている。 フードで顔を隠してはいるが、馬車を引いている御者であろうと、街道で入れ違う商人であろうと、彼女のことは一目でわかる。

 彼女の名前は【()()()()()()()()()()()()】この国の聖女と崇められる人物の一人。

 この国―――()()()()()()の王族と言い換えても差し支えない存在だろう。


 神プレア聖国とはこの世界の万象を司るとされている神【プレア】を国主として国を建て、その神に寵愛の証を受けた人間―――聖女を神の子供、神の使いとしこの国の中枢に添えている。

 未だかつて数人しか見たことのない神プレアに代わって聖女と神官が国を仕切り国を守る。そうしてこの神プレア王国は成立している。


 そして今、彼ら二人は死地に向かっている。 なに、死にに行くのではない。 戦いに行くのだ。その理由は彼女の―――聖女としての責務に他ならないからだ。


 すると戦いの前のまだ見ぬ敵を見て剣の柄をつかんで離さないグラディオは溜息を吐いたのだった。


「―――()()()、緊張しているの?」


 それを見かけた聖女から掛けられる優しい声。フードで顔の半分は隠れてはいるがそれでもなお十全に美しさが伝わる顔、その完璧なルックスに神が仕組んだように当てはまっている柔和な声。

 


()()、ここには俺だけじゃなく、御者さんもいるんだ」

「壁があるとはいえ、薄板だ、聞こえたらどうする」


 だが、彼はそんな優しさも心配に変換してしまう。

 なんとも残念―――いや哀れな男だ。


「あら、今あなたも私のことお嬢と呼んだじゃない、お互い様ね」


 つい滑らせてしまった言葉に動揺する男と、「ふふっ」と軽く笑う美しい女。

 その光景や言葉遣いは身分の違いから到底許されるべきではないものだが、それにさえ目をつぶってしまえば本当に仲睦まじく微笑ましいものだ。


「…はぁ、そうだな、気ぃ張るのもめんどい」

「お嬢、それで大丈夫なのか? まださっきの仕事から帰ってきたばかりだ」


「大丈夫よディー、私強いもの」


 そういって御手を「ぐっ」と可愛く握る聖女。


―――本当にこの人にに呆れるばかりだ。 本当は体力的にも精神的にも疲弊という言葉しか浮かばないはずなのに、それでもなお責務を全うしようとするその心意気。

 心底呆れるし、()()する。

 なおさら自分が疲弊したようには見せられなくなった。 彼女が頑張るというのだから自分も負けてなどいられない。

 

「それで、ディー、今回の事もう一度詳しく話してくれる?」


「了解です―――」


―――今回の目的は【神プレア聖国】から馬車で半日ほどの場所にある、()()の調査。

 その遺跡には何らかの原因で中に入った人間を失踪させてしまう何かがある。 それを突き止める。

 しかしその調査にはすでに、冒険者―――国などには属さずにギルドという自由組織と個人提携を結び斡旋された依頼をこなす自由職―――が行っているが、その冒険者が誰一人として帰ってきていない。


 この事件自体、その遺跡の近辺では数年前から噂になっていたことらしいが、聖女が御座(おわ)()()にこの情報が入ってきたのはつい最近のこと。

 だというのに、その被害報告はもう10件を超えているのだから確かに早急な対策が必要だろう。


―――おっと、対応が遅い、無能だなんだとはやし立ててくれるなよ? こっちだっていろいろやることがあるんだ。 


 そして、この事件に安直な推論を述べるなら怪物(モンスター)―――自然やその他の環境にほとんど影響されずいつの間にか発生し人間に襲い掛かる()()()()()―――が犯人というのが妥当だろう。

 事実として怪物(モンスター)というのは、どこの誰が作ったかも分からない()()の内部には()()()()()存在する財宝を、知性ある人でなく知性無き自らも求めるようにして(たむろ)する習性がある。


 つまりは遺跡内には大量の怪物(モンスター)がいるということ、そしてそれは人にとって大変脅威であり命の危機も当たり前として存在するということ。

 財宝を狙った冒険者が遺跡に潜ったら返り討ちにあったというのが、情報無き今考えられる一番信ぴょう性の高い推論だ。



 さて、ここまで長々と話していて聖女の仕事を詳しく話していなかったな。

 聖女とは、【神プレア聖国】で生まれた全ての女性の中で【聖女】という先天性のスキル―――この世界の根幹となる不思議な力―――を持った人間が成れる……いや、ならざるを得ない職業。


 聖国に生ける全ての人々のために気高く、そして敬虔(けいけん)な奉仕をする職業。

 今回の事もそうだ。 聖国に住まう人々のために身を尽くして怪物(モンスター)を退治しに行くのだ。 別に怪物(モンスター)が居なくたっていい、もう一つの使命である行方不明の人間を探すだけ。

 規則上でも、国民の意識的にも、上位の存在であるはずの【聖女】は言ってしまえば――――奴隷だ。

 聖女に選ばれてしまえば、死ぬまで馬車馬のように民に尽くすのだ。 そこに奴隷との差はそれほどない。 しかし、それこそが彼女の役目であり、生きる意味であり、死ぬ意味でもある。

 そうやって、その意味たちを積み上げたことでこの国はここまで来た。もはや聖女という職業はこの国にとって必要不可欠。

 それに俺もその恩恵を受ける民の一人だ。この方式に異論を唱える権利はない。

 でも一つ違うことがあるとするなら、彼女と俺は一人ぼっちじゃないということ。 俺は彼女を手伝えるということ。 俺は彼女と一緒に戦えるということ。


 もう、何度目になるかも忘れた怪物(モンスター)の討伐だが、彼女の人生からしてみればまだまだこの()も始まったばかりだ。

 俺は、彼女の運命を憂う。それに共鳴するかの如く自分の(つるぎ)を握る力は自然に上がっていく。

 

 「ギリギリ」と締められる剣柄を感じながら、何千回目の―――


―――『彼女を守る』という意思を心に打ち付けた。


 目的地はそれほど遠くない。

 

タイトルのシーンはもうちょっとです。

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