6帰ってきた場所
聖堂の外へ出ると、そこも記憶のままの姿だった。
庭園の風景、城の姿、空気に全てが同じ。
行き交う貴族の姿、メイド、そして騎士、どれも知った顔ばかりで驚きを隠せない。
一体私が消えてどれぐらいの時間がたっているのだろう。
日付がわかるような物は近くない。
キョロキョロと辺りを見渡していると、杏奈は城の上層階へ、私は城の門から外へ出ると敷地内の北の塔へと案内されていった。
私の付き添いは騎士のリチャード。
こうして歩くのは18年ぶり……少し背が伸びたのかしら……?
チラチラと窺うように視線を向けていると、彼は困った表情を浮かべる。
あの頃とは違う他人行儀な様子に、胸がチクリと痛んだ。
やってきた塔の中は古本を見つけた時と変わっていない。
けれどあの時とは違い、中は清掃され小奇麗になった部屋へと通される。
装飾品なんてものはない、質素で簡素なシンプルな部屋。
「今日からここで生活してもらいます、っと言ってもわからないか……」
言葉ははっきり理解しているが、わからないと首を傾げてみる。
すると必死に身振り手振りで伝える彼の姿に、なんだか胸が熱くなった。
リックは昔から真面目で、変わっていないわね。
言葉が通じない私に精一杯伝えようとしてくれる姿に、私は深く頷いて見せる。
表情を隠しながら眼鏡そっと上げると、懐かしい彼のほっとした表情が目に映った。
聖女が現れたということで、城はきっと大騒ぎになっているだろう。
けれど北の塔に閉じ込められている現状、それを見ることは叶わない。
北の塔での生活が始まって数日たったある日。
リチャードが騎士を連れて私の元へやってきた。
身振り手振りで必死に伝える彼のジェスチャーから察するに、どうも杏奈が私を呼んでいるようだ。
そっとリチャードの手を取ると、私は護衛たちに囲まれながら城へと向かって行った。
城へやってくると、上層階の部屋へと案内される。
ここは王族が使用する応接室。
クリスの婚約者になってから何度も出入りした懐かしい部屋。
彼と最初に顔合わせをしたのもこの部屋だった。
髪の隙間から見える装飾品もソファーも、何もかも記憶のまま。
エリザベスとして過ごしてきた日々が頭を過った。
座り慣れたソファーへ腰かけると、リチャードは敬礼を見せ部屋を出て行ったのだった。
暫くすると扉が開き杏奈が現れる。
この世界のドレスを身に着け、物語に登場するお姫様のようだ。
二人っきりにしてほしいと付き人へと頼むと、こちらを一瞥し静かに部屋を後にした。
杏奈は不安げな表情でこちらへやってくると、そっと口を開く。
「里咲さん、あの、これはどういうことなんですか?聖女は私ではなく里咲さんですよね?なのにどうして?それに聖堂へやってきたあの日の言葉……あれはどういうことなんですか?里咲さんはこの世界をご存じなのしょうか?」
杏奈は混乱しているのだろう、そう一気に話すと不安げな色を瞳に?浮かべた。
「何から話そうかしらね……。そうね、嘘みたいな話だけれど……私には前世?の記憶があるのよ。この世界で公爵令嬢エリザベスとして過ごしていた記憶。時系列が良く分からないけれど、ここは私が暮らしてた時代とほぼ変わらない。クリスとリックは幼い頃からの親友だったの。メイドや執事、騎士、顔見知りばかりだわ」
「それでしたら、あの……なおさら里咲さんが聖女になったほうがよろしいのでは?私を気づかってくださっているのなら大丈夫です。あの時里咲さんがいなければ死んでいた命ですから……」
杏奈は悲し気に瞳を揺らすと、そっと視線を逸らせる。
私は手を伸ばすと、励ますように彼女の手を取りギュッと握った。
「これは全て私のわがまま。私は聖女になりたくない、でも杏奈が嫌な目にあっているのならすぐに替わるわ。嫌いなやつがいれば、私が追い出してあげる」
「いえ、その、そんな……皆さま本当に良くしてくださって……こんな幸せでいいのかと思うぐらいです……。だけど私に聖女なんて大層な役割を成し遂げる自信がありません」
「大丈夫よ、聖女と名は大層な感じだけれど、やることは何もないのよ。好きに暮らして、好きな人と結婚して子をなす、ただそれだけ。聖女はこの街から出なければそれでいいの。過去に……何があったのかわからないけれど、あなたは貴重な存在だから、大抵のわがままは通るわよ。ふふふ」
杏奈は恐々視線を上げると、私の手を握り返す。
「本当にいいのですか?」
「えぇ、もちろんよ。聖女の役割はこの街に居続けるだけ。だから私もこの街で生活をしていくわ。異世界で新しい生活を楽しんで。何かあればいつでもこうやって呼び出してくれれば、すぐに駆け付けるわ。あっそうだわ、この眼鏡もらってもいいかしら?」
私は眼鏡をクィッと上げると、髪をかきあげ表情を見せた。
「はい、もちろんです。不思議なんですが、この世界に来て視力が戻っているみたいで……。あの、もし里咲さんが聖女に戻りたくなったら、いつでも言ってくださいね」
「ありがとう、助かるわ。転生して里咲に生まれ変わったはずなんだけど、実は見た目がエリザベスにそっくりなのよね。クリスやリック、城の関係者に私が戻ったとは知られたくないの」
「どうしてですか?」
「ふふっ、色々あるのよ」
誤魔化す様にニッコリ笑うと、私はお互いを確認し合うように固く手を握りしめた。