47収穫祭
触れた唇が熱い。
このキスの意味は……上手く整理出来ない。
3人一緒にはいられない?
茫然としたまま部屋へ戻ると、私は一人引きこもった。
今は誰とも会いたくない。
どうしてこんなことになっているのかわからない。
異世界へ転生し、もう二人と会えないと思っていた。
だけど忘れた事なんて一度もなくて。
18歳になってこの世界へ戻ってきて、変わらぬ彼らの存在を知った。
嬉しかっただけど、怖くて二人から逃げたの。
正体を隠して里咲として生きて行こうそう思ってた。
だけどリックにバレ、クリスにも知られてしまい城へ戻ってきた。
昔みたいにとはいかなくても、また3人一緒に居られるんだとそう思っていたわ。
なのに……。
あの口づけの意味は……。
婚約が決まったあの日も3人一緒だった。
聖女を探すのも一緒だった。
結婚が近づいてからも、変わらなかったのに。
どうして変わってしまったの?
あの日、リックが私を見つけてくれた。
彼に見つかってよかったと思ったわ。
城から離れ彼と過ごす日々は楽しくて、暖かかった。
ぶつかる事もあったけれど、見守っていてくれる彼を信頼していた。
3年前エリザベスだった時には気が付かなかった。
あの時は結婚するんだと、そう決まっていると思っていたから。
こうやって考えると、思い出すのはリックと過ごした日々。
戻ってくる前から、一番傍に居てくれたのは彼。
いつも見守っていてくれたのは彼だった。
出会いは最悪だったけれど、話すようになって愛称で呼びあう仲になって。
クリスと張り合って無茶しても、彼が守ってくれると心のどこかで思っていた。
危ない事をすれば叱ってくれたのは彼だけだった。
異世界の記憶が薄れて行ったのは、彼と過ごす日々が幸せだったから。
彼の傍に居るとエリザベスに戻ってしまうのは、彼に気を許していたから。
口づけをされたとき、クリスのように突き飛ばす事も出来た。
だけどそうしようと思わなかった。
それは私がリックを受け入れていたから……?
(答えは私の中にある)
レベッカの言った言葉が頭に浮かんだ。
これがその答えなんだわ。
日が暮れ暗闇に包まれた部屋の中、勢いよく立ち上がると、私はクリスの元へ向かった。
ノックをせず勢いのまままま中へ入ると、窓の傍で佇む彼の姿。
右手には空になったワイングラスを持ち、空いた窓から風が吹き込む。
私が来るのをわかっていたのだろうか、おもむろに振り返ると優しい笑みをみせた。
「クリス、ごめんなさい。私はエリザベスに戻れないわ」
「そうか……リックを選ぶのか?」
「なっ、どうしッッ」
ハッと掌で口をふさぐと、クリスはそっとワイングラスをテーブルへ置いた。
「ずっと気がついていた。お前は何かあれば真っ先にリックを頼っていたからな」
「クリス……」
「わかっていた、知っていたからこそ告白して追い込んだ。お前は鈍感だからこうでもしないと、リックを好きだと気が付かないだろう?それにリックの方もたきつけておいた。効果はあったようだな」
クリスは弱弱しく笑って見せると、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
「ならあの告白は私に気づかせるための嘘だったの?」
「嘘じゃない。3年前お前がいなくなって……初めてリサの存在の大きさに気が付いた。その気持ちを伝えたくて3年間待っていた。このままお前に気づかせずに婚約しても良かったんだがな。だが俺はリサとリック、二人の幸せを願ったんだ」
「ごめんなさい、本当にありがとう」
私は深く頭を下げると、そのまま部屋を出て行った。
「リックを知らないかしら?」
「リチャード様でしたら帰られましたよ」
彼の家に向かうと、灯りはついておらず部屋にいないとわかる。
どこへ行ったのかしら……もしかして。
私は聖女の丘へ向かうと、丘の上は月明かりに照らされてキラキラと輝いていた。
その光の先には愛しい彼の姿。
「リック!」
私は月明かりに浮かび上がる人影に向かって叫ぶ。
「エリザベス様……?」
私はスカートの裾を持ち上げ走ると、リックは振り向き驚き目を丸くした。
「どうしてここに?何をしているのですか?明日は収穫祭ですよ、色々と準備があるのではないのですか?それに……もう僕には構わないでほしいと言いましたよね。あれだけでは伝わりませんでしたか?」
彼の裾を掴み見上げると、リックはスッと目を細め私の腰へ手を回す。
そのまま引き寄せると、目の前にはサファイアの瞳。
月明かりが彼の瞳を照らし、夜空のように美しく輝いていた。
「手の届くところにいれば……触れずにはいられない」
リックは唇を噛み何かを必死に耐えると、深く瞳を閉じ腰に回していた手が離れた。
逃げようとする手をギュッと掴むと、彼の頬へそっと触れる。
「目を開けてリック、聞いてほしいことがあるの。私はクリスと結婚しないわ」
「はぁ?正気ですか?」
「えぇ正気よ。やっと気が付いたの」
目を丸くするリックの頬を両手で捕まえると、グイッと引き寄せ唇を奪う。
そっと唇を離すと、何が起こったのかわからない彼は唖然としまま固まっていた。
じっと彼を見つめていると、頬がみるみる赤くなり、まるでゆでだこのように変わっていく。
「なっ、何をッッ!?リサ、これはッッ、僕をからかっているのですか?」
「違うわよ、クリスにも話してきたわ。私はあなたが好き。だからクリスと結婚はしない。彼が教えてくれたのよ」
「クリスが……?」
思わず出てしまった親し気な響きに、リックはハッと口を塞ぐ。
「えぇ、私は自分の気持ちがわかっていなかった。クリスは好きだし結婚してもいいと思っていたわ。だけど彼の気持ちを知って……向き合って初めて何かが違うと思ったの。私の心の中に居たのはいつもあなただった。それに気づかせてくれたのよ」
ギュッと彼を抱きしめると、背中に回るその腕が微かに震えている。
「本当にいいのですか?」
「えぇ、私はエリザベスには戻らない。リサとしてあなたと暮らしたいわ」
リックは澄んだ青い瞳をこちらへ向けると、確かめるように両手で頬を包みこんだ。
「まさか……こんな日が来るなんて……僕もあなたを愛している。何年も思い続けてきた」
彼の言葉に私は微笑むと、そっと瞳を閉じる。
近づいてくる彼の吐息を感じ、唇が触れようとした刹那、パチパチと拍手が響いた。
慌てて二人顔を向けると、いつから居たのだろうクリスの姿。
「やっとかよ。もうどうなることかと思ってたよ。明日の収穫祭で婚約発表。あー結婚式でもいいぞ。舞台はすべて整っている」
「クリスッ、どうしてここに?」
「クリストファー王子!?」
「ここは城じゃないだろう、リック、クリスでいい。友として二人を祝いたいんだ」
聖女の丘の上で、3人並ぶと昔を思い出す。
無垢で無邪気だったあの頃の自分たち。
戻れないとそう思っていた、だけど……。
「リサのこと幸せにしてくれよな」
「言われなくてもわかってますよ……クリス」
「何を言っているのよ、私が幸せにするの」
そういって笑いあう時間は何よりも大切で幸せなひと時。
私達は3人手を繋ぎ空を見上げ、あの頃と同じように静かに祈ったのだった。




