46収穫祭
レベッカの言いつけ通り、逃げないで彼の事を真剣に考える毎日。
だけどやはり答えは出ない。
面倒になってこのまま流されてもいい、そう思い始めていた。
けれど収穫祭まで後2日と迫ったある日。
そろそろ答えを出さなければ、結婚になってしまう。
リミットが近づくにつれてなぜか焦る自分が居た。
クリスのことは嫌いじゃない、結婚すればそれはそれで幸せなのかもしれない。
だけど何かがひっかかるのよね。
それが何なのかわからない。
けれどそんな気持ちは無視され私が戻ったことで、クリストファー王子の結婚の準備が勝手に進められていく。
私の居場所がそこなのだと、そうなるのが当たり前なのだと周りが勝手に動き出していた。
このまま結婚するのが決められていた未来。
あの時は受け入れていたけれど、今はなぜか胸の奥で何かが引っかかる。
これは一体何のかしら……。
ドレスの合わせだと部屋に呼ばれ試着を終えると、私は部屋を出てリックの姿を探していた。
あの日からリックの姿を見ていない。
クリスの護衛をしているのなら、城で会わないのは可笑しいわ。
やっぱり何か罰をあたえたのかしら……?
でもクリスと私達の中なら、そんなことしないと思う。
だけど……実際この目で見ないとね。
不安を抱きながら城の外へを出ると、リックが居そうな場所へ向かった。
騎士達が集まる訓練場の近くにやってくると、そこにリックの姿。
いつも通り騎士の制服に身を包み、後輩たちに指導していた。
その姿にほっと息をつく。
訓練の邪魔にならぬよう、遠くから彼の姿を見つめていると、休憩の合図が響いた。
私はそっと訓練場の中へ入ると、リックを呼び止める。
「リック、この間はごめんない。大丈夫だった?何もなかった?杏奈は元気かしら?」
彼の傍へ駆け寄り手を掴むと、おもむろに振り返る。
「エリザベス様……。杏奈様は私の屋敷で生活しております。酒場の仕事は杏奈様の意思で続けておられますよ。私もお咎めはありませんでした。エリザベス様のおかげです」
リサではなくエリザベスと呼ぶ声になぜか胸がチクンッと痛む。
私と話したくないのか……業務報告のように淡々と話し終えると、そっと私の手を振り払った。
「……そう、よかったわ」
「仕事があるので戻りますね」
去ろうとする彼の姿に、上手く言葉が出てこない。
今までの関係とは違う、ピシャリと壁を作る彼の姿に思わず引き留めた。
「待って、あの、少しだけ……」
去ろうとする彼の腕を掴むが、その手はまたやんわりと解かれる。
「クリストファー王子との結婚が決まったようですね、おめでとうございます。やはり王子の隣にはエリザベス様がお似合いです。収穫祭に合わせてお披露目をするのでしょう。色々と準備で忙しいのではございませんか?こんなところで時間を潰している暇はないはずですよ」
突き放すような言葉に、私はギュッと自分の腕を握りしめる。
正式に答えていないけれど、城中皆がそう思っているのだから、リックの耳に入っていてもおかしくない。
だけど何かしらこの気持ち……。
リックはクリスが私を好きだと知っていたのかしら?
私はそっと顔を上げサファイアの瞳を見つめる。
「リックは知っていたの?」
彼は口角をあげ優しく笑みを浮かべると、ニッコリ笑って見せた。
けれどその笑みはいつもの笑みではなく、仮面のような笑顔。
「えぇ、クリストファー王子があなたを好きだと存じておりました。聖女の丘でお伝えしようと思ったのですが……僕が言う事ではないと判断したまでです。クリストファー王子とエリザベス様はとてもお似合いだと思いますよ。王子の暴走を止められるのは、今も昔もエリザベス様だけですから」
彼の言葉に何かが引っかかる。
だけどその原因はわからない。
一礼し去ろうとする彼の姿を見ると、引き留めずにはいられなかった。
「リック待って、どうしてそんな顔をするの?どうして突き放そうとするのよ!」
「どういう意味ですか?私はいつもと変わりませんよ」
彼は立ち止まるが、こちらへ振り返らない。
「そんなことないわ!何年一緒に居ると思っているのよ。何かあったの?クリスから何か言われた?それなら私が何とかするわ。ずっと3人でやってきたじゃない。ねぇ、リックこっちを見て」
こちらを見ない彼の様子に、私は前へ回り込み覗き込む。
そこには今にも泣きだしそうな表情を浮かべたリックの姿。
驚き目を丸くしていると、彼の冷たい指先が頬へ触れた。
「……3人一緒なんて……もう無理なんですよ」
リックは潤んだ青い瞳で私を見つめると、頬を優しく撫でていく。
初めてみた彼の姿に狼狽していると、ふと彼の吐息が耳にかかった。
「リサ」
心地よいその音色に思わず頬が緩んだ刹那、彼の顔が近づくと柔らかい感触が唇に触れ、頭が真っ白になった。
「これでわかったでしょう。もう僕に近づかないで下さい」
何が起こったのか、状況が把握できない。
リックは私の顔を見る事無くその場を立ち去って行く。
追いかけることもできず私はその場で崩れ落ちると、小さくなっていく彼の背中を茫然と眺めていた。




