45収穫祭
あっという間に私が戻ったと城中に知れ渡り、親交のあった令息や令嬢たちが訪れる。
だけど元のように戻ることはやはり難しい。
3年という期間は長い。
私の世話をしてくれていたメイドや執事は別の令嬢の世話をしているし、私が率いていた令嬢たちも他のグループに属している。
歓迎してくれてはいたけれど、今更感はぬぐえない。
自分の居場所を探すようにぼうっと城の廊下をさまよっていると、ふと肩に手が触れた。
おもむろに振り返ると、そこにはクリスの姿。
思わず飛び退くと、私は反射的に逃げ出した。
「意識してくれるのは嬉しいが、そう露骨に避けるな」
「なっ、だってッッ」
どう接していいのかわからないのよ!
スカートの裾を盛り上げ廊下を走って行くと、目の前にレベッカが現れた。
「お姉様~!本当に本当ですの!?あぁ~嬉しいですわ」
「レベッカ」
彼女の姿に立ち止まり両手を広げると、飛び込むようにギュッと抱きしめる。
「もうお会いできないかと思っておりましたわ」
「ごめんなさいね。ところでレベッカ……あの王子と結婚したの?」
「あら、御存じだったのですか?」
レベッカは目を見開いたかと思うと、頬を染め乙女の表情を見せる。
「はい、私にとって最高の王子様ですわ。リサお姉様は……彼が苦手でしたわよね?」
そうね……良い思いではない。
夜会の度に絡まれてうんざりしていた記憶が蘇る。
私は誤魔化す様に頬を引きつらせると、無理矢理に笑顔を作った。
「あーまぁね。でもレベッカが幸せそうでよかったわ。おめでとう」
彼女は花が開くように笑うと、思わずその姿に見とれてしまった。
彼女のあんな表情を初めて見たわ。
クリスと婚約してからの長い付き合いだったけれど……恋をすると変わるのかしら?
「ねぇ……彼をいつ好きになったの?3年前はそんな気はなかったでしょう。夜会で会って話をする程度の仲だったわよね?」
「ふふふ、きっかけはお姉様ですの。お姉様がいなくなって彼、とても憔悴しておりましたのよ。お姉様は気が付いておられなかったと思いますが、彼はお姉様を慕っておりました。お姉様が居なくなり数か月後に開かれた夜会で、バルコニーで彼と偶然会いましたの。シュンとする姿を見て可愛いと思いました。そこからよく話をするようになって……傍にいると楽しいと感じるようになりましたわ」
衝撃的な事実に頬が引きつっていく。
あのうざい絡みは、好意の裏返しだったってことなの……?
「そっ、そうだったのね……全然気が付かなかったわ。だけどその気持ちは友人でも同じことじゃない?どうして好きだとわかったのかしら?」
「難しい質問ですわね~。うーん、一番の決め手は口づけを受け入れたことですわね。キャッ、恥ずかしいですわ~」
うっとりと頬を染め、幸せそうな彼女を見つめていると、いつ間に追い付いたのだろうクリスが隣に立っていた。
彼の姿に慌ててレベッカの後ろへ回り込むと、彼女の背に隠れるように身を顰める。
「あらあら、クリストファー王子、ごきげんよう」
「レベッカ、隣国へ行ったんじゃないのか?」
「えぇ、行く前に聖女様にご挨拶をと思っていたのですが……エリザベス様が戻ったと聞いて延期しましたの」
レベッカはチラッと私を見ると、クスクスと笑い始めた。
「ふふふっ、お姉様にもうお伝えしたのですわね。行動が早いことで……。昔の自分をどう正当化されたのかしら?」
彼女の言葉に目を丸くしていると、クリスは気まずげに視線を逸らせた。
「いや、まぁー正当化するつもりはないんだ。ただこいつが鈍いからだな……」
「ふふふっ、ねぇ~お姉様」
レベッカはおもむろに振り返ると、ニッコリ笑みを深める。
「彼の気持ちを聞いて戸惑っているのはわかりますわ。同じ女として、彼のしてきた行為は最低です。ですが……今抱いている王子の気持ちは本物ですわよ。だからちゃんと向き合ってあげてくださいね」
暗に逃げるなと言われ、声を詰まらせる。
逃げる事ばかり考えていた自分が見透かされ恥ずかしい。
でも向き合うなんてどうすればいいのかわからない。
どう答えていいのか戸惑っていると、彼女の暖かい手が触れた。
「答えはすでにお姉様の中にあるはずですわ」
意味深な言葉に彼女を見つめていると、そっと手を離し来た道を戻って行く。
私はその場に取り残されると、恐る恐るクリスを見上げた。
私の中に答えがあるの……?
琥珀色の瞳を見つめていると、クリスの頬が赤く染まった。
「見すぎだ、穴が空いたらどうしてくれる」
彼は照れながらに腕で顔を隠し背ける。
そのぶっきらぼうな態度は、3年前の彼と同じ。
その姿に何だかほっとすると、笑みがこぼれたのだった。




