4始まりの音
小学校、中学校、高等学校を無事に卒業し、そして大学一回生、18歳。
楽しい友人、尊敬する先輩、優しい家族、人に恵まれお金にも不自由ない生活。
だけどなぜかこの世界になじめない、そう感じ始めていた。
最近よくあの世界の夢を見る。
城で暮らしてた夢、エリザベスだった頃の自分。
この世界の便利な道具を知れば、クリスもリックもとても驚くでしょうね。
爵位の無い生活を彼らはどう思うのかしら?
この世界の事を色々話したいけれど、二人にはもう二度と会えない。
会えるのは夢の中だけ……。
向こうの世界の記憶が鮮明過ぎるのが原因なのか。
クリスやリックのように、親友と呼べる友人は出来なかった。
興味本位で恋人を何度か作ってみたこともあった。
けれど何だかしっくりとはこず、どれも長続きはしなかった。
改めて考えると18歳、それはこの世界へ来る前のエリザベスと同じ年齢。
そして明日は私がこの世界へ来た日付と同じ。
感慨深い気持ちになりながら、カバンを提げ大学へ向かっていると、ふと鐘の音が耳にとどく。
近くに教会なんてあったかしら?
キョロキョロと辺りを見渡してみても何もない。
けれど鐘の音が耳鳴りのように響き続けた。
リンゴーン…………ゴーン…………ゴーン…………ゴーン。
幻聴かしら?朝から憂鬱ね……。
昨日夜更かしし過ぎてしまった?
まぁ……気にしないでおきましょう、直に治るわ。
コキコキと首をならしながら、大学へやってくると、先ほどよりも鐘音が大きくなる。
もしかして本当に鳴っているのかもしれない、そう思い友人と合流して講堂の席で問いかけてみるが、鐘の音は誰にも聞こえていなかった。
首を傾げなら悩んでいると、気が付けば講義が始まっていた。
つまらない内容にペンをクルクル回し鐘の音を聞いていると、ふと前の世界の記憶が脳裏をかすめる。
そういえば……聖女の古文書に確か……。
聖女たちは皆、ここへ来る直前、鐘の音を聞いたはずよね……。
もしかして……ッッ。
私はハッと我に返ると、ある結論至った。
もしかしてこの鐘の音、私が聖女?
いやいやいや、ありえないわ。
あの日私は聖女を召喚するために聖堂へ行ったのよ。
そしてこの世界に生まれて……あれはもしかして聖女になる本だったというの?
いやいやいや、嘘でしょう。
どうしましょう、いえ、どうすることも出来ないわ。
鳴り響く鐘の音を必死に振り払おうとするが、音は大きくなるばかり。
鐘の音と葛藤し続け一限目の講義が終わると、鐘の音の刻む感覚が、リンゴーン、リンゴーン、リンゴーンと早くなっていた。
本当に私が聖女なのかしら?
それはまずいし、望んでいないわ。
戻った世界が私の居た時代とは限らないし、知らない人ばかりの世界で、聖女として城に閉じ込められるのは嫌。
だけど回避する方法なんてわからない。
講義が終わり慌てて講堂を出ると、友人に別れを告げ、鞄を片手に人が少ない校舎へと移動する。
耳を塞ぎ音を止めようとするが、効果はなくどうにもならない。
次第に音量が上がり頭痛がしてくる中、ヨタヨタと歩いていると、気が付けば私は屋上へやってきていた。
冷たい空気が頬を掠め深く息を吸い込み目を開けると、視界の先にフェンスをよじ登り、飛び降りようとする女の姿が目に映る。
条件反射に私は彼女の傍へ駆け寄ると、そのまま強く腕を引き寄せた。
「ちょッッ、何をしてるの!?危ないでしょ!」
フェンスから強引に引き離し彼女を見つめると、瓶底眼鏡が傾きその隙間から涙がポロポロ落ちていく。
すすりなく背をそっと擦ると、彼女は顔を持ち上げた。
その顔には見覚えがある。
「杏奈さん?」
彼女は高校の時の同級生。
高2のときに同じクラス友人だった。
クラスが離れてしまってから話す機会がなく、彼女が同じ大学だったのだと今日まで知らなかった。
彼女は私とは違い、物腰が柔らかく落ち着きがあり女性らしい。
お淑やかで前の世界の令嬢ような彼女を尊敬していた。
「里咲さん……ッッ、なんでッッ、お願い、死なせて下さい。もう私には何もないんです。愛していた男に騙されて、借金までしてしまった……ッッ。父さんと母さんは離婚して私はどちらにも引き取られなかった。生きていく意味もお金もないんです」
突然の告白に唖然とする中、頭には鐘の音が響く。
何て悲惨なの、でもまって、それなら彼女を……そうだわ。
人生を諦めているその様をみて、私は咄嗟にカバンを手放し、彼女の腕を強く引き寄せる。
「ならあなたの人生を私に頂戴」
彼女へ微笑みかけると、鐘の音が今までよりも大きく頭の中に響き渡る。
私は咄嗟に彼女の体を抱きしめると、視界がグラリと傾いた。
成功するかわからないけれど……ッッ。
彼女を離さぬよう必死に抱きすくめる中、次第に意識が遠のいていくと、聖堂で感じた時と同じ暗闇の中へと落ちていった。