19新しい暮らし
彼の家で暮らすこと数週間。
職は一向に見つからない。
それならと飲食店以外にも目を向けてみるが、どこも門前払いばかり。
リックの家は想像以上に街の影響力があるようだった。
はぁ……このままごくつぶしになるのはいやだわ。
だけど職が見つからない以上、出て行くのも難しい。
ソファーでクッションを抱えながら考え込んでいると、ハッと閃いた。
そうだわ、夕食の準備でもして少しは役に立つところみせればいいのよ。
料理が出来るとわかれば、妨害も少しはましになるかもしれない。
リックの好みはばっちり把握している、後は食材ね……。
お金は何か必要なものがあればと、律義に用意してくれている。
本当に至れり尽くせりで申し訳ないわね。
今まで一度も手を付けていなかったけれど、少しだけ借りましょう。
思い立ったら即行動、街へ赴き食材を買い込むと、帰ってくる時間を見越して料理を作り始める。
リックは野菜が好きなのよね。
調味料も用意したし、ポトフでも作りましょうか。
ザクザクと野菜を一口大にカットし鍋に水を張る。
野菜を煮込み味を調えていると、ガチャッとカギの音が耳にとどいた。
廊下へ耳を済ませバタバタと足音が近づいてくる。
驚くリックの姿が頭に浮かぶと、自然と頬が緩んだ。
「なっ、何をしているのですか!」
リックがキッチンへやってくると、信じられないと目を見開き絶叫した。
思わず耳を塞ぐと、おもむろに振り返る。
「なぁに、リック、そんな大声を出して」
「リサ、ここで何をしているのですか?」
「何ってみてわかるでしょう、料理をしているのよ」
火にかけた鍋をグルグル回していると、リックが恐る恐るこちらへ近づき中を覗き込んだ。
「……リサが料理……いやいやいや、信じられませんね……ですがこれは……」
ブツブツと呟きながらポトフを眺める彼の肩を小突くと、こちらへ振り返らせる。
「ふふん、いい匂いでしょう。さすがにエリザベスだった頃は、厨房へ入らせてももらえなかったけれど、異世界に生まれ変わってから料理や洗濯、何でも一通りやってきたのよ。一人暮らしもしていたしね」
この世界にはない便利な家電を使ってだけれども。
まぁそこは伏せておきましょう。
「意外ですね。こういったことは苦手だと思っておりました」
「ふふふ、見直した?本当は帰ってくる前に完成させるはずだったのよ。今日はいつもより少し早いわね」
トーストしておいたパンを取り出し、油と卵黄とお酢を混ぜ塩と胡椒で味を調整したドレッシングを作るとパンへ塗っていく。
透き通った野菜を救い上げ味見をし、最後に味を調えるとポトフを大皿へ盛りつけた。
「手慣れている……。本当に料理が……匂いは問題なく、見た目も悪くない。ですが……まだ信じられませんね……。本当にリサが作ったのですか?」
マジマジと出来上がった料理を見つめるが、手に取ろうとはしない。
「もちろんよ。この家には私以外いないでしょう。もう、疑いすぎよ。味も美味しいわよ」
ポトフとパンをテーブルに並べると、椅子へ座るように促す。
リックは向かいに腰かけ恐る恐るパンを手に取ると、匂いを嗅ぎ意を決した様子で齧り付く。
すると先ほどまでの難しい顔が、パッと明るくなった。
「これは美味しいですね。このソースがとてもいい」
「でしょう!向こうにいたとき、これを食べてリックが好きそうだと思ったのよ。シンプルなドレッシングなんだけれどね、酸味があって私も好きなのよね」
青い瞳を見つめながら笑いかけると、彼の頬が少し色づいた。
「……違う世界へ行っても、僕のことを考えてくれていたのですか?」
「もちろんじゃない。だってリックは大切な人だもの」
向こうの世界居ても、楽しいことや嬉しいことがあれば、その度にクリスとリックの姿が浮かんだ。
彼らが居ればどんな反応をするのだろうか、ビックリするだろうとか……。
驚いて一緒に楽しむ姿を想像すると、いつも胸が温かくなった。
離れていても、二度と会えないと思っていても、二人を忘れた事なんて一度もない。
あの時感じた気持ちを、こうしてリックと共有できてとても嬉しい。
私は美味しいでしょ?と彼に顔を向けると、リックははにかみながら嬉しそうに笑って見せた。




