17新しい暮らし
リックの屋敷で休んだ翌日、私は朝早くに目覚めると着替えをすませた。
彼に迷惑を掛けたくない、さっさと職を探しに行かなとね。
ラフな服装へ着替えリックが居ない間に街へ出ようとすると、いつ気が付いたのか……リックが慌てた様子でこちらへと走ってきた。
「エリザベス様、お待ちください。どちらへ行かれるのですか?」
「あら、早いわね、おはよう。街へ職を探しに行くのよ」
リックはなぜか頭を抱えると、行かせないと言わんばかりに進路を塞ぐ。
「いけません、まだあなたの捜索は続いております。大人しくしていてください。それに職なんて必要ありませんよ」
私はプクっと頬を膨らませると、青い瞳をじっと見上げる。
「そうはいかないの。大丈夫よ、城では眼鏡を掛けて髪で表情を隠していたから、はっきりと私の素顔を知っている人はいないでしょう。捜索だって片言で話す、黒髪に黒い瞳の女性、そんなところだわ。だからバレる心配もない。それに下町ならエリザベスの顔を知っている人も少ないから騒がれないわ。黒髪に黒い瞳もさほど珍しくないもの」
「そういうことではなくて、働くなんて危険です。それに……ご自分で気が付いておられないようですが、エリザベス様はとても目立つのです。人からの目を惹きやすい」
私は眉を寄せると、首を傾げる。
本当にリックは心配性ね。
それよりも……私はそんなに変わった容姿だということなのかしら……?
自分の顔を確認するように触れてみるが、よくわからない。
チラッと見上げると、動く気配のないリックの強い意思表示に、これ以上説得するのは無理だと悟る。
私は深く息を吐き出すと、話題を変えた。
「ところで敬称はいらないわ。今の私に爵位はないのよ。それにエリザベスでもない、リサと呼んでちょうだい」
「いえ、そういうわけには……」
リックは困った様子で口ごもると、ふぃっと視線を逸らせる。
「私が良いと言っているのよ。寧ろ私がリチャード様と呼ばなければいけないわね。ふふふ、リチャード様」
スカートを軽く持ち上げ、淑女の礼を見せニッコリ微笑むと、リックはブルっと肩を震わせた。
「やめてください。エリザベス様にそう呼ばれると悪寒がします」
「何よ、失礼ね。ならリックのままでいかせてもらうわ。あなたもほらっ?」
「……ッッ、リサ……さん」
「さんもいらないわ」
「リサ……ッッ」
照れているのだろう、顔を真っ赤に呟く彼の姿に私はニッコリと笑みを返した。
彼にリサと呼ばれたのは何十年ぶりかしら。
あれはまだ知り合って間もないころ、私はなぜかリックに嫌われていた。
どうしてなのか聞いたことはなかったけれど、クリスの護衛になる事が目標だった彼にとって私は邪魔ものだったのだろう。
それにじゃじゃ馬で、面倒な令嬢の相手をさせられて、イライラしていたのだと予想している。
彼の名を聞いてリックと初めて呼んだ日には、それはそれは軽蔑の眼差しで睨まれたわね。
今とは違う冷たい彼の態度を思い返すと、自然と頬が緩むのを感じた。
それで……そんな態度に苛立って喧嘩を吹っかけてみたら、彼は無視で返してきて感じ悪い奴だったわ。
こんな奴と仲良くなるなんて無理だと思っていたけれど、クリスと話していたら、気が付けばリックとも自然と話せるようになって。
向けられる眼差しも変わって、頼れる存在になっていた。
真面目な彼が、3人で居る時だけは王子の事をクリスと呼び、私の事をリサ様と呼ぶようになって……。
だけどいつからだったかしら……。
リックがクリスの前でも私をエリザベス様と呼ぶようになったのは……。
そんな事を考えながらリックに止められ渋々部屋に戻ると、私はドサッとベッドへ寝転んだ。
リックが家にいる間は出かけられそうにないわね。
しょうがない、リックが仕事に行ってから抜け出すことにしましょう。
リックの様子を窺いながら部屋でゴロゴロくつろいでいると、ガチャッと鍵のかける音が耳にとどいた。
ベッドから体を起こしそっと扉を開けると、人の気配はない。
あら、あっさり出て行ったわね。
彼の事だから、出かければ私が抜け出すのを想定して何かしてくると思ったんだけど……。
扉を閉め窓から外を見てみると、リックは振り返ることなく街の方へと歩いて行った。




