15孤独な彼女(杏奈視点)
不安だらけの世界で、私の傍に居てくれたのは第二王子のクリストファー。
プラチナの長い髪に、琥珀色の瞳が美しい人。
物語に出てくる王子様みたいで、優しくて紳士的で、本当に格好いい。
毎日毎日、授業が終わると私の部屋へとやってくる。
お茶とお菓子を用意してくれて、何気ない話で場を和ませてくれる彼。
何もわからない私に、この世界の事を教えてくれる。
王子様にそんな事をさせていいのかと思ったけれど、メイドから聞いた話では、どうも王子が希望してこの役を買って出たらしい。
異世界に興味があるみたいで、私の世界の事を色々聞きたがる。
元の世界で良い思い出は少ないけれど、里咲さんに出会って私の世界が変わったとそんな話をしたの。
王子はそれを聞いて、昔の友人に似ているとそう話してくれた。
だけどその友人は、数年前に突然失踪し行方不明なのだとか。
彼と話す時間が増え親しくなっていくと、優し気なその笑みに、時々つい本音が零れてしまう。
里咲さんに負担を掛けないよう、里咲さんの代わりに恥じない聖女にならなければいけない。
そんなプレッシャーがずっと心にあって……。
何度教えられても上手くできない自分の惨めさに、情けなさをさらけ出した。
彼は愚痴を聞いてくれて、そんな私を励ましてくれて笑いかけてくれる。
その笑みがどこか里咲さんに似ていた。
城内を彼と並んで歩くと、堂々として爽やかな彼の周りに人が集まる。
彼と過ごしていると、最初の頃よりも笑えるようになって心が和むようになっていった。
次第に彼とのお茶会が楽しみになり、彼が来ると思うとそわそわしてしまう。
聖女になるためと頑張っていたお稽古事は、いつの間にか王子に見てもらいたいと、傍に居て恥じないようそんなことを考えるようになった。
四苦八苦しながらダンスやマナーを身に着けると、私は夜会へ参加することになった。
パートナーはクリストファー王子。
彼にドレスや靴を選んでもらい、商人を呼び寄せて宝石をプレゼントされた。
まるでシンデレラになったような、非現実的すぎて……。
前の世界ではありえない、夢の中にいるような……自分が物語の主人公になったようなそんな気がした。
夜会当日。
メイド達にドレスアップしてもらい、化粧した姿はまるで物語に出てくるお姫様そのものだった。
そんな私の元へ、正装に着替えた王子が迎えに来てくれる。
彼の白いタキシード姿は本当に恰好良くて、暫く見惚れていた。
緊張しながらもエスコートされ夜会へやってくると、そこは物語の世界そのものだった。
ドレス姿の令嬢、タキシード姿の令息が集まり賑わう会場。
蝋燭のシャンデリアがいくつも並び、煌びやかに輝いている。
王子に連れられ入場すると、歓迎の言葉に胸が熱くなる。
皆の視線が私に集まり、令息や令嬢たちが挨拶にやってきた。
今まで勉強した通りに何とか挨拶を返すが、クリストファーはぎこちない私をずっと傍で支えてくれた。
夜会デビューし、暫くしたある日。
王子の従妹であるレベッカを紹介された。
王子の血筋だからだろう、女の私ですらうっとりとしてしまうほどに美しい顔立ち。
手入れされた長く美しい赤い髪、王子と同じ琥珀色の瞳。
ここへ来てひと月、メイドや執事、先生と接する事はあっても、こうして同世代の女性と話すの初めてだった。
王子が気をつかってくれたのかもしれない。
どう接していいのかわからず最初は戸惑っていたけれど、レベッカはお話好きであっという間に、緊張感がほぐれていった。
貴族令嬢の話や、最近流行りのファッションの話。
聞いているだけで楽しい気持ちになれる。
マナーに乗っ取ってお茶を頂くと、レベッカの話が止まった。
そっと顔を上げると、彼女はこちらへ顔を近づけ小声で話し始める。
「ねぇ~聖女様、先日の夜会で、気になる殿方は見つかりまして?夜会デビューをされたのでしょう?」
突然の質問に狼狽すると、変な声が飛び出した。
「へぇ!?あっ、いえ、その……夜会には行きましたけれど緊張しすぎてそんな……クリストファー王子に迷惑をかけないよう必死でしたわ。だから気になる人なんて、でも……あの……」
気になる人。
その言葉に真っ先に頭に浮かんだのは、クリストファー王子の姿だった。
先日の夜会で王子の手を取り並んで歩いた姿を思い出すと、頬が熱くなっていく。
「あらあら、その反応はおられるのね?どなたかしら?もしかしてクリストファー王子ですの?」
レベッカは嬉しそうにほほ笑むと、興味津々の様子だ。
彼の名に私は一気に頬が熱くなると、恥ずかしさに顔を背ける。
「ふふふっ、お顔が真っ赤、可愛いですわね。クリスは完璧ですもの、わかりますわ~。爽やかでお優しくて、身内びいきではなく、本当に素敵な殿方ですの。ですが……3年ほど前までは違ったのですよ。今のように大人びていなくてね、喋り方も荒っぽくて、女癖も悪かったですわ~」
私の知る彼のイメージとは合わない言葉に、私はレベッカへ視線を戻す。
すると私たちの話を遮るように、リチャードがテーブルへやってきた。
「レベッカ様、そこまでです。あまり王子の私情をペラペラと話さないように」
「あらあら、邪魔が入ってしまいましたわねぇ。聖女様残念ですが、今日はここまでのようですわね。またお茶をしましょう」
彼女はリチャードをニッコリ一瞥すると、そっと椅子から立ち上がり出口へ向かって行った。




