12帰ってきた場所
リックの口からエリザベスとの言葉が出てきたということは、この世界にエリザベスは存在していて、反応を見る限り、私がここにいた記憶と差異はないのだと理解する。
「その反応エリザベス様と同じですね、分が悪くなるといつもそうやって目を逸らせる」
リックの言葉にムッと唇を曲げると、窺うようにサファイアの瞳を見つめた。
「ははっ、その表情も変わりませんね、エリザベス様そのものだ。……何度かそうではないかと思いました。ですがそれは……僕の願望だと言い聞かせていた。けれどあなたは聖女様とあまりに違いすぎました。異世界にないはずの、こちらのマナーを知っていたり、仕草や立ち振る舞い、そういったものもこの世界に馴染みすぎていた。エリザベス様、どうして最初に言わなかったのですか?なぜ知らないふりをしたのですか?あなたが居なくなって、私たちがどれほど心配したと思っておられるのですか?聖堂に入り突然いなくなったあなたを……ッッ」
彼は苦し気に顔を歪めると、私を強く引き寄せる。
抱きしめる腕から微かに震えが伝わり、触れた懐かしい彼の匂いに、自然と涙が溢れだした。
「黙っていてごめんなさい……。心配をかけてごめんなさい。あの日私は聖女を呼び出そうと思ったの。だけど私が異世界へ飛ばされて生まれ変わって、そしてまたこの世界へ戻ってきたの。だけど戻るときに彼女を巻き込んでしまった。だから彼女に聖女をお願いしたの。もとより私って聖女という感じではないでしょう」
エリザベスの言葉でそう話すと、目に浮かぶ涙を拭き真っすぐに彼を見上げる。
「エリザベス様が聖女様だということですか?はぁ……そんなことまで隠していたとは、呆れて怒る気もしませんね。ですが……無事で本当によかった……ッッもう二度と会えないのだと思っておりました……」
リックは今にも泣きだしそうな表情を浮かべると、私の存在を確認するように抱きしめ首筋へ顔を埋めた。
震える彼の体へ手を回すと、なだめる様に優しく撫でる。
「心配をかけてごめんなさい。でもリック、出来ればこのことを秘密にしてくれないかしら?」
「……無理ですよ。僕はクリストファー王子の護衛騎士。主を裏切るわけにはいかない」
「裏切る?ふふ、それなら心配ないわ。聖女の権力は強いでしょう。ここで私の命令に従わないと、今すぐ国から出て行くわ。それは困るでしょう?」
リックは顔を上げ意表を突かれたような表情を見せると、私を真っすぐに見つめた。
「それは……脅しているのですか?」
「えぇそうよ。だから言う事を聞きなさい」
私はニッコリ笑みを深めると、サファイアの瞳を真っすぐに見つめ返す。
「あなたの行動にはいつも驚かされます。変わっていない……」
リックは弱弱しい笑みを浮かべると、私からそっと体を離した。
「あなたの命令に従ったとして、これからどうするおつもりなのですか?」
丘の上から見える燃え上がる炎を見つめると、風に乗って黒煙と灰が舞っていた。
塔の周辺には近衛兵が集まり、バケツを手に飛び散る火の粉を消火する姿。
「そうねぇ、街へ出て住み込みの仕事を探すわ。いくつか当たりを付けてあるのよ。今日街を案内したのは、私を塔から追い出す下準備でしょう。丁度いいタイミングじゃない」
「いけません、あなたは公爵家の令嬢ですよ。街で生活するなど危険すぎます」
リックは私の肩を掴むと、強引に振り返らせる。
「リック、私は異世界から来た里咲よ。公爵家の令嬢ではないわ。ただエリザベスの記憶を持っているに過ぎない。だから家族に会うわけにもいかないの。だって私は異世界に生まれ変わったのだから」
「いえ、あなたは間違いなくエリザベス様です。髪や瞳の色が違ったとしても中身は変わっていない。僕の知る彼女そのものだ」
真剣な眼差しでこちらを見つめるリックの姿に苦笑する。
この世界へ来てから、何度もエリザベスに戻ったようなそんな気がした。
里咲だったはずなのにその記憶が薄れ、エリザベスの記憶が優先される。
だけど今更エリザベスだと出て行くわけにもいかないわ。
杏奈を巻き込んでしまっているし、クリスの婚約者に戻るつもりもない。
もちろん聖女として生きていくつもりも――――――。
「あなたがなんと言おうとも違うものは違うの。だから街で静かに暮らすのよ」
とりあえず今夜は身を隠して野宿かしらね。
早朝街へ出かけて住む場所を探しましょう。
塔から離れるように歩き始めると、リックが邪魔するように腕を掴む。
「ではこうしましょう。とりあえず僕の屋敷へ来てください」
「ダメよ、あなたのご両親はエリザベスを知っているわ。違う人間だと言っても、似ているのはわかっているの。だからエリザベスを知る人物に会うのは避けたいわ」
「それでしたら心配ございません。今僕は屋敷を離れ、城に近い別邸で暮らしております。メイドや執事もおりません」
予想だにしていなかった答えに、目が点になる。
3年前の彼は一人で暮らしてなどいなかった。
それにメイドや執事もいないなんて、どういうことなのかしら?
「……一人で暮らしているの?昔は屋敷で暮らしていたわよね」
疑問を追いかけてみると、彼は寂しそうに微笑んだ。
貴族が一人で暮らすなんて珍しい、何か大きな理由でもなければありえないことだわ。
私が居ない3年間の間になにがあったのかしら?
でも今はそれを確認している暇はない。
「……ッッ、とても魅力的な申し出だけれども、止めておくわ。これ以上リックに迷惑をかけたくないの」
「それでしたら尚更僕のところへ来て頂きたい。あなたを野放しにするほうがよっぽど不安です」
そう言い切る彼の姿に、言葉が詰まる。
思い返せば、エリザベスの頃から目を離せないと何度言われたかしら……。
押し黙っていると、グィッと腕が引っ張られる。
そのまま有無を言わさぬまま、私はリックの屋敷へと連れていかれたのだった。




