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「待って」

 幼い声がコンクリートに囲まれた空間に響いた。

 呼びとめられた男が歩くのをやめる。

 白いスーツを着たその男は、女と見まがうほどに美しい容姿だ。

 男の背後には、一人の女がいた。

 着ている服は高校生のもので、うつ伏せに倒れ、顔面を赤い水たまりにつけ動かないでいる。

 倒れた女と男の間には、赤黒い染みと腐り落ちた肉が列を作るようにアスファルトにこびりついていた。

 聞き覚えのある声の咎めるような響きが、男の気分をわずかに害した。

「何だい、盟友」

 胡乱げに言って振り返る。

 死体を挟んだ向こう側には、声の主が男を睨んでいた。

 白いドレスのような服を着た、十代前半と思しき少女だ。

 長く黒い髪が、わずかな光も返さず闇に似た色をたたえている。

「何だじゃないでしょ。またこんなのほったらかしにして。見つかったら動きにくくなるじゃない」

 そう言って少女は足元の死体を見下ろした。

 死体を前にしながら、その態度に動揺はない。

「こんなの残しておくから、あんた等の存在が嗅ぎつけられるのよ。他のご同胞を見習ったらどうなの」

 怒る彼女に対して、男は胡乱げな顔を崩さなかった。

「そうは言うがね、盟友。これでも僕は我慢してるんだよ」

「何をよ」

「ごらんよ、この顔を。美しいだろ?僕は僕の美しい顔が少しでも崩れるのが、たまらなく嫌なんだ。だからまめに皮を剥いでいこうとしてるのに、君がそれを逐一咎めるんじゃないか」

「当たり前でしょ。簡単に足の付く真似なんかして。この街にはハウルやヴィオキンがいるのよ」

 並べられた名前に、男の眉根がひそめられた。

「……問題じゃないさ。ハウルはともかく、ヴィオキンは半人前だと聞く」

「あら。ちょっと前までそれに散々怯えていたのは、どこの誰だったかしら?」

 突然、少女の喉元に鋭いものの切っ先が添えられた。

 刀身は少女の髪にかかり、根元は男の手元にある。

 先ほどまで素手だったはずの男の手から、刀のようにそれは生えていた。

「……図に乗るな。君の顔でも、僕は構わないんだぞ?」

 冷たく言い放つ男。

 先ほどまでの親しげな様子は微塵も無い。

 白い刃が少女の黒い髪をわずかに舐め、切っ先は少女の首をじっと間近で見つめている。

 この状況に、少女は怯える事もなく、ただ薄く笑い返した。

「こっちの台詞よ。私がいなくなれば、あなたが困るのよ?あいつの反感を買いたいの?」

 いたずらっぽく言いながらも、その目は笑っていなかった。

 自身の優位を確信し、相手にそれを思い知らせている、そういう目だ。

 二人は睨み合い続け、やがて男が小さく舌打ちした。

 少女の首筋から刃を離し、得物を収める。

 刀の形をしたそれは、根元から吸い込まれるようにして長さを減らし、人差し指程度の長さになったところで、二ヶ所で曲がった。根元を合わせれば三箇所だ。

 先ほどまでの刃は、男の指が変化したものだったのだ。

 武器を指に戻し、男は少女に背を向ける。

「……分かっているさ、そういう契約だ。あの方の気分を害したくもない」

「フフン」

 勝ち誇ったように鼻で笑う少女に、男が再び舌打ちした。

「言っておくがね、これからも僕は好きにさせてもらうよ。聞いた限りじゃハウルも老いぼれらしいし、ヴィオキン一人なら相手にするのも簡単だ。僕等にはあの方もついている。それに……」

「それに?」

「君がいたら、獲物が釣れない。子連れじゃ様にならないからね。じゃ」

 言うや否や、男は踵を返した。

 少女が呼び止める間もなく、地下駐車場に並ぶ自動車の陰に隠れて姿を消す。

 少女は額を押さえため息をついた。

「はぁ……。ああもう、いいや。他の連中を見に行かないと」

 少女は右手を上げ、虚空へと突き出した。

 キイ、という金属の擦れ合う音が響き、何もないはずの空間に直線が走った。

 少女に押された部分だけが絵になったかのように押され、扉のように開く。

 その向こう側に現れた光景は、セメントとアスファルトに囲まれた空間とはかけ離れたものだった。

 湿気を帯びた六月の空気の中に、ドアから漏れた乾いた風が流れる。

 生の息吹きの感じられない、寒気のする風だ。

 風の向こうには、ただただ寂しい荒野があった。赤くヒビ割れた大地と、汚れた雲に蔽われた暗い空。

「こんな世界に住んでたから、思慮も足りなくなるのかしら」

 少女は干からびた枯れ木の並ぶ森に踏み出し、扉を閉じた。

 少女の姿は消えうせ、後にはただ一つ、女の死体だけが残った。



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