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2-3 渡されたもの


 直にはまるで理解できなかった。

 与えられた情報が事実である事だけは分かるが、処理が追いつかない。

 そこで彼は、最初に長瀬に言われた言葉を思い出した。

「……ひ、ヒーローになれってどういう事さ?例え話なの?」

 質問は狼男も同然な姿になった良蔵に向けたものだったが、答えたのは長瀬だった。

「言い方が悪かったですね。ですが、実態はそうなります」

 詳しい説明に移るのに気付き、直は居住まいを正した。

「私達のいる場所、つまりこの世界こそが、少女によって様々な世界の住人を迎える事になった、少女の言う素敵な世界です。それはご理解いただけますか?」

 直は黙って頷いた。

「その様々な世界の住人達を、私達はストレンジャーと呼びます。……ストレンジャーはそれぞれが異なる世界の住人ですから、当然ながら多種多様な種族があり、様々な特徴を持っています。種族の名前を一つ一つ挙げればきりがないのですが、ストレンジャーは大きく三つに分類できます」

 三つ、という数字に直は引っかかるものを感じたが、その後すぐに思い出す。

 挿絵の中で、少女が連れてきた人影、つまりストレンジャー達は途中から異なる色で塗り分けられていた。

「あ、三色……」

「そうです。この世界の、普通の人達の視点からの分類です。敵対、不干渉、そして協力。挿絵ではそれぞれ赤、黄色、水色に塗り分けました」

 その口ぶりに、直はふと長瀬を見る。

「えと、これを描いたのって……」

「私です。少女のみ、知人に描いてもらいました」

 ああ、と画風の違いに納得しかけて、直はすぐに新たな驚きから再び長瀬を見る。

 眼前にいる堅物を絵に描いたような女性と絵本のような挿絵の画風とがまるで結びつかず、直は理解にあぐねる。

「何か?」

「い、いえ……。その、僕やじいちゃんは、協力、という事になるんですか?」

「そうです。あなたは水色、帰りたくても帰れず、人として生きる道を選んだストレンジャーの子孫です」

 直が祖父を振り返ると、良蔵は黙って首を縦に振った。

 直がちらりと長瀬の隣にいるあずさを見ると、視線に気付いた彼女は直を見てうん、と大きく首肯した。

 その反応で、直は彼女も水色のストレンジャーズ・チルドレンだと察する。と同時に、彼女に感じた匂いの違和感にも合点がいった。

 直から深い、安堵の息が漏れた。

「どうされました?」

「いや、よかったぁ、って、思いました。僕らが赤で、何か、こう、怖い事をさせられるんじゃないかって不安が、ずっと残ってて……」

 長瀬は、直のその言葉に、にこりともしなかった。

「言ったはずです。あなたにはヒーローになってもらう、と」

 その強い言い方に、直は震えあがって息を呑んだ。

 脅されたように背筋を伸ばし、座り直す。

 ヒーローには、敵がいるものだ。

「問題は挿絵の、赤い方のストレンジャーです。黄色はこの世界の生活に満足しているから基本的には不干渉、よほどの事がなければ無視して構いません。いいですか、赤い、つまりは人類に敵対する存在がいる。これこそが恐ろしい事実です」

 長瀬はそこで言葉を切り、直をじっと見た。

 その目は相手が発言を理解しているかどうかを見極める厳しいものであり、直にとっては胸を押しつぶされるような、圧迫面接を思わせる息の詰まるものだった。

「……私達の住むこの町にも、今なお人類に敵対し害をなす来訪者、つまりストレンジャーの一種がいます。それこそが、バーミッシュです」

 新しい単語に、直は注意を向ける。

 ヒーローという例えが出た以上、これが敵だろうと思ったからだ。

「バーミッシュは人類と敵対するストレンジャーやその子孫の例に漏れず、この世界の人々を襲います。奴らの目的は、人間の顔です」

「か、顔?」

 直が強張りかけた顔に、戸惑いを浮かべた。ぺたぺたと、自分の顔に触れる。

「ええ、顔です。奴等はいずれも残虐な手段で人間から顔を奪い、人間に成りすましています。奴等は今日もどこかで人々を襲い、多くの人を死に至らしめています」

「し、死って……」

 大げさに聞こえた言葉を咎めるようなその呟きを、長瀬はぴしゃりと遮った。

「だからこそ、敵と呼ぶのです」

 強い口調に、直には返す言葉もなかった。

 長瀬は自分の隣に置いていたアタッシュケースから、新たな書類をいくつも取り出した。

「こちらがバーミッシュに関する資料です。他にも、私達の活動内容について、あなたや良蔵さんの祖先であるハウルについて、城戸さんのヴィオキンについて、それと、ハウルフォンの仕様書。そちらのストレンジャーズ・チルドレンについてのものと合わせて六つご用意させていただきました」

 直の前に、紙の束が次々と重い音を立てて重ねられていく。

 直が未知の単語に戸惑いながら、積まれた書類の量や分厚さとに目を疑う。

「え、これ……、読むんですか!?」

「はい。全てを口で語れば日が暮れます。あなたが全てを事実として受け入れるのにも時間が必要でしょう。ならばいっそ、字で読んでもらった方が早く理解も深まるはずです」

 次に長瀬は、アタッシュケースから二つの物品を取り出すと、書類の山の隣に置いた。

 薄く青みがかったスマートフォンと、それをセットできるホルダーのようなものがついた革の腕輪だ。

 その形状から推測される用途を、直は思わず口にする。

「……変身アイテム?」

「はい。そういうものがお好きなんですか?」

「え、いや、好きって程じゃ……」

「ならば同情します。ですが、これはあなたのものです」

 同情される意味が分からず直は困惑したが、疑問を上回る好奇心で青いスマートフォンを拾い上げた。

 縁に設けられた電源ボタンを押すと、画面が点灯し狼の陰を思わせる見慣れぬロゴが表示された。

 ロゴの中心には、疾走感のある独特の書体で『HOWL』と書かれている。

「ハウル?えと、確か……」

「はい。あなた方のご先祖様の種族の名です」

「ちょっと、かっこいいかも……」

 我知らず声を弾ませた直に、ぶふっ、と笑う声が上がった。

 彼が顔を上げると、あずさが握った手で口元を押さえている。

「城戸さん」

「ご、ごめん。つい……」

 謝りこそしたが、こみ上がるものは未だ収まらないらしく、くくく、と声を漏らしている。

 そんなあずさの様子に、直は馬鹿にされてるような気がして表情に陰りを見せた。

「あなたはハウルの子孫ですが、良蔵さんと違い、その血は薄まっています。血に流れる力を、そのブレスが生む特殊な周波数の振動で目覚めさせられればあなたも豹転が可能です」

「ひょうてん?」

「言ってしまうと変身です。先ほどの良蔵さんと同じ姿になれます」

 直は目を丸くして祖父を見た。

 祖父はいつのまにか元の姿に戻っており、彼と目を合わせると自慢げに首を縦に振った。

「一応仕様書にも書いてありますが、使い方を説明しておきます。まずは―――」

 長瀬の口から使い方が説明されるうち、彼の顔に徐々に驚きが浮かんだ。

 そして次第に曇っていき、説明が終わった頃にはしょぼくれた顔になった。

「……そうしないと、駄目なんですか?」

「駄目です。機能しません」

 直は何も言えなくなり、沈んだ顔でスマートフォンを見下ろした。その反応を、長瀬が疑問に思う。

「……?とにかく、それらはもうあなたのものです。私と城戸さんの番号はすでにハウルフォンの電話帳に登録してあります。分からない事があればその都度連絡してください」

 長瀬の口ぶりは変わらず、反論を許さない強い口調のままだった。

 直はこれに「はい」とも「嫌だ」とも言えず、未だ受け入れがたい話に対して悶々とするばかりだった。

 理解できない事は多かったが、ハウルフォンの使い方は、彼にとって最も困難な事だったのは確かだった。

 手にしたブレスとハウルフォンが、彼にはずしりと重いもののように感じられる。

「あなたがこれから成すべき事は、命懸けの戦いです。くれぐれも、それをお忘れなきようお願いします」

 長瀬の言葉が、薄情なもののように客間に響いた。



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