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2-1


 人気の無い地下駐車場で、そのOLは自分の車へ向かっていた。

 ヒールの音がコツ、コツとコンクリートに囲まれた空間に大きく響く。

 細く小さな銀の腕時計に目を落とし、彼女は歩みを速める。

 そこで自分の足音に重なる別の足音に気付き、彼女は顔を上げた。

 近づいてきたのは、白いスーツを着た若い男だった。

 色が色なので芸人かとも思えたが、顔を見て彼女は自分の憶測を改めた。整った顔立ちは美しく、女性と見まがうようなものだったのだ。

 その男は彼女の前で、足を止めた。

 思わず彼女も足を止める。

「お美しいお嬢さん、よろしいですか?」

 彼女を見て、その美男子は薄く笑った。

 OLは男の表情をうかがう。

「何でしょうか?」

 ナンパだろうか?

 まんざらでもない気分で彼女は次の言葉を待つ。

「お耳を貸していただけないでしょうか?」

 彼女は少し遠い距離から言われたその言葉に違和感を抱いたが、言われた通りに右の耳を男に向ける。

 近づいて何かを囁かれるのかと思っていた彼女だったが、次に起こった出来事は彼女の予想の範疇外だった。

 耳に一瞬、火傷のような痛みを感じた。

 思わずそこを押さえて、彼女は気付いた。

 耳殻に触れるはずの手が、何の異物感もなく、なだらかな頭の横を撫でている。

 男を見ると、男はそれまで持っていなかったものを摘んで、彼女に向かって微笑みかけた。

「ありがとう。ちょうど耳が、崩れてしまっていたんだ」

 そう言った男の足元に、何かが落ちた。

 女は真っ白になった頭のまま、それを見る。

 そこにあったのは、いびつな形をした、くすんだ色の肉の固まり。

 男がつまんでいたのは、それよりは発色の良い、ほぼ同じ形のものだった。

 男が手を軽く振り、平たい肌色のそれを揺らす。

 それが何かに気付いた瞬間、彼女は上ずった声を上げた。

 無理も無い。それは彼女の耳だったのだ。

 気付いた瞬間、ぬたりという、血の感触が彼女の心を慄かせた。

 彼女の目の前で、男の顔からまた肉片が落ちた。

 男は剥き出しになった歯茎を隠そうともせず、微笑を浮かべたまま続ける。

「おやおや困ったなぁ。……では、唇をもらえませんか?」

 表情だけならそれは穏やかなものだっただろう。

 だが、顔の下半分がただれ落ち、鼻も傾き、歯根までが露になった男の顔は、もはや恐怖を煽るものでしかなかった。

「ひ、ひぃいぃっ!」

 耳の傷も構わず、女は脱兎の勢いで来た道を戻ろうとした。

 すでに男が回りこんでいた。

 自分を間近で見下ろしてくる男を見て、女は腰を抜かした。

 男は右手を自分の頭に近づけ、摘んでいた女の耳を、自分の耳のあった位置に押し付けている。

 合わせ目からはぷつぷつと、小さな赤い泡がいくつも湧いていた。

 やがて男が手を離すと、女のものだった耳は男の頭に貼りつき、赤い泡が失せた。

 女の耳だったものは、今や男の耳になった。

 男がゆっくりと右手を持ち上げる。

 その指が騙し絵のように細く、長く伸び、白く変わる。

 指の一本一本が、鋭利な刃物のように尖った。

「ああもう面倒くさい……全部ください」

 ぴっ

 男が軽くその手を振った。

 伸びた人差し指が女の顎に触れ、額のすぐ上までを淀みなく通り抜ける。

 何かが宙を舞い上がり、数秒経って、糸が切れたように女は仰向けに倒れた。

 その顔は真っ赤で、そして真っ平らだった。

 男は飛んできたもの、つまりは切り取った女の顔を刃のままの右手で受け止め、その表面を左手の指で器用に剥がす。

 女の顔の皮を剥がした後、残りを放り捨て、顔の皮を自分の顔に押し付けた。

 男はしばらくそのまま動かなくなる。

 少し経った頃、男は顔を上げた。

 離れた両手の下からは、先ほどのOLの顔があった。

 しかし、次に浮かべた表情と声は彼女のものではない。

「ふうぅ。やっぱり女の顔が一番だね」

 OLの顔となった男は、上機嫌にそう言うと、軽い足取りで地下駐車場を後にした。

 皮を剥がされた真っ赤な髑髏が、虚ろな目でじっと蛍光灯の明りを見つめ続けていた。



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