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9-4 決着


 少女の声を受けたように、木の根が一気に辺りに広がった。

 ドラゴンの全身に届いた木の根が一気に全身をめぐる。

 ドラゴンを見届けるよりも前に、ハウルとタイガーは破れかぶれに宙へ跳んだ。

 それぞれが手近なビルに向かったが、細い根の先がハウルの左脛に、タイガーの長く白い髪に届いた。

「ッ!」

 ハウルは脚を振って根から逃げようとするが、根はハウルの脛に刺すような痛みを与えた。

 それを皮切りに更に無数の根がハウルの脚を這い、めった刺しにするように痛みが広がる。

 ハウルの身体は空中に掴み止められ、根は更に膝、腿へと伸びる。

 タイガーは根の絡んだ自らの髪を掴んで自らの移動を止め、鋭い爪で髪を切り取ろうとするが、根は更に伸びて細かく這いまわり、すでにむき出しの頭蓋に達しようとしていた。

 ドラゴンの全身を覆う青い鱗が、朽ちた色の無数の根が隠していく。

 もはや四肢はおろか尾や背、腹や胸までが覆いつくされ長い首をも飲み込もうとしていた。

 逃れようとするのけぞるむき出しの頭蓋骨には今や何本もの根の先が達しようとしていた。

「畜生ぉぉぉぉぉぉ!」

 ドラゴンが絶叫する。

 その声は悲痛であり、少女はその響きを恍惚とすら感じているように目を細めた。

 少女の腰かけるビルが、根の進軍を受けてわずかに傾ぐ。

「……っと、そろそろお暇しないとね。じゃなきゃ、あたしがお母様に食べられちゃう」

 冗談めかしたように言って少女は腰を上げ、その右手を軽く前へ押しやった。

 がちゃり、と音が上がって空間がドアのように切り開かれる。

「じゃあね、皆さん」

 そう言う声は、最後の間際に、強い音でかき消えた。

 タァ……ン

 扉の前へ踏み出しかけた少女の右足が、大きく左に流れた。

 片足だけで立つ少女の身体が傾ぐ。

「……え?」

 少女の顔から、表情が消えた。

 右足を叩いたものの正体を見ようと、その視線が右を向く。

 遠く離れた別のビルの屋上。

 長瀬がいた。

 傍らに志乃とヴィオキンが立ち、彼女等の足元でうつぶせに寝るようにして長いものを構えていた。

 先端から立ち上るか細い煙が、火を噴いたばかりだと主張している。

 拳銃よりも大きな弾を吐く、スナイパーライフルだ。

 拳銃の効かない少女に長瀬が用意した、強力な銃だ。

 もはや倒れたも同然の少女の身体が落下する直前、少女は沸き上がった感情を吐き出す。

「あ、の、女ぁぁぁぁ!」

 宙を舞う術のない少女は、ついに自由落下を始めた。

 白いドレスのような服の裾をはためかせ、長い髪が上へ流れる。

 そうして落下していく先には、根があった。

 少女を受け止めようと待ち構えんばかりに広がる、太い木の根。

 それを視認した瞬間、少女の表情はこわばった。

「ヒッ……!」

 少女の喉から、悲鳴が上がった。

 ドッ、と固い音を立てて少女が木の根に落ちた。

 直後、木の根の表面が毛羽立つように枝分かれし、全ての根の先が少女に殺到する。

「い、嫌ぁ、あ……!」

 高い悲鳴はすぐに根に塞がれ、少女の全身は根に覆われる。

 そして、きゅ、と小さく窄んだ。

 それまでの一連の出来事を見ていたハウル、タイガー、ドラゴンは目を疑い呆然とした。

 あまりにもあっけない、少女の最期だった。

 根の進行が、不意に止まる。

 ハウルは気のせいかと思い左足に目を落とすが、確かに骨盤まで伸ばそうとしていた根の進行がそこで止まっていた。

 左足を喰いにかかる痛みも、新たな広がりを感じさせない。

 タイガーも、そしてドラゴンももがくのを止め怪訝そうな様子を見せていた。

「……ア」

 か細い、女の声が上がった。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 木の根の皺全てが、一斉に開いた。

 口の塊とでも呼ぶべきものとなって口内を晒した木の根が全て、口々に悲鳴を上げる。

 悲鳴は全ての音をかき消すように、乱雑に、暴力的に同じ言葉を吐き出した。

「不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い!」

「不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い!」

「不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い!」

 同じ女の絶叫がいくつも、いくつも重なりながら辺りを揺らした。

 びりびりと大気を震わせ、その場にいる者全ての全身を震わせる。

 あまりの声量に全員が脳を、全身を揺らす轟音に身を竦ませた。

 ただ一人、離れた場所から様子を見ている長瀬は右耳の補聴器を外し、どこか乾いた笑いを浮かべていた。

「……まぁ、我が子は口に合わないでしょうね」

「え!?ナガさん何て!?」

 隣で絶叫に両耳を押さえていたヴィオキンが声を張り上げて聞き直すが、長瀬は答えなかった。

 志乃に至っては、うずくまって両耳を押さえ、悲鳴が収まるのを待つばかりだった。

 辺りに広がる根が悲鳴を上げながら、一斉に退き始めた。

 潮が引くように、もはや根と呼ぶには醜悪すぎるヒトの口の塊が大元である空のヒビへと戻っていく。

 地表を覆っていた根が剥がれ、むき出しの地面や下水に繋がる穴や配管がみるみるうちに現れる。

 ハウルやタイガーが根から解放され、二人はむき出しとなった地面に落下した。

「おっ……と!」

「ぬうっ!」

 両者共に不意な落下に辛くも足から着地する。

 ハウルは左脚のいたるところが喰われ真っ赤に染まっていたが、幸いにしてどれも深い傷ではない。

 タイガーは白髪を喰われ不揃いな短い毛並みにされてしまっていたが、急所である頭蓋に根は達していなかったのか、具合を確かめるように後頭部に触れていた。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 重なる絶叫は、もはや言葉を拾えるものではなかった。

 誰もこの場で口を開こうなどと思いはしないだろう。

 ハウルが空のヒビを見上げると、辺り一帯に広がっていた虫こぶだらけの口の塊が逆流するように引き込まれていた。

 全ての口が引き上げられるのも時間の問題だろう。

 根の脅威は去ったのだ。

 しかしハウルに余裕はなかった。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 未だ悲鳴は辺りの音を支配している。

 対峙するタイガーに、退く様子はない。

 タイガーからすれば、目的である同胞の帰還に必要な少女を失ってしまったのだ。

 もはや彼にできるのは、この世界でバーミッシュの敵となるハウル達を倒す事しかない。

 焦燥に駆られ立とうとするハウル。

 音や声が意味を失った、うるさい静寂な世界の中。

 その中で、ハウルの視線が、上に上がった。

 タイガーの背後に見えるものに、彼の注意が向く。

 ドラゴンが、咢を開いていた。

 こちらに向いて、喉の奥に炎を蓄えている。

 タイガーが熱量に気付き振り返る。

 ドラゴンが、火を噴いた。

 いち早く気付いていたハウルは宙を跳び、遅れたタイガーは射線を避けるように後ろに跳んだ。

 火柱がタイガーの胸すれすれを舐め、タイガーは突き出た鼻先を逃そうと顎を上げる。

 その下顎が、火柱に舐められた。

 頭蓋骨から下顎が吹っ飛び、粉々に砕けながら消し炭になる。

 ハウルは火柱の上空を飛びながら、ハウルフォンを叩いた。

 ドラゴンが火を噴きながらハウルを見上げる。

 ドラゴンの視界に、獣の顔が迫る。

 空中で身を大きく反らしたハウルの胸から腹にかけての意匠が、獣の顔だとドラゴンに錯覚させた。

 眼前に迫る獣に、ドラゴンが一瞬怯む。

 それが隙を呼び、ハウルの身体がドラゴンの鼻先を飛び越えた。

「ラフムーンバイトォ!」

 ハウルの右肘と右膝の牙が、ドラゴンの眉間へと叩き込まれた。

 牙の先が、これまでにドラゴンの頭蓋へ打ち込まれてきた打撃によってできたヒビの隙間に潜り、一気に穿つ。

 バキン、と音を立てて―――少なくともハウルには、その音が聞こえた―――ドラゴンの頭頂から鼻先まで、一気にヒビが開いた。

 左右に開いた鼻先から炎が漏れ出し、ひび割れた火山から溶岩が一気に噴くように、ドラゴンの顔面から一気に炎が噴きあがる。

 牙を引き抜いたハウルは転がるようにしてドラゴンの脇をすり抜け、その背後に着地した。

 火を噴くドラゴンの顔面に、いくつも細かいヒビが走る。

 バーミッシュの絶命を知らせるそのヒビは瞬く間にドラゴンの頭蓋全体を覆う。

 ドラゴンは火を噴いたままのけぞり、声も上げられずに長い首をのけぞらせる。

 ついにドラゴンの頭蓋は粉々に砕け散った。

 炎と骨粉をまき散らし、ドラゴンは頭部を失う。

 直後、残された全身も一気に色を失い、粉々に爆ぜた。

 かつて青い鱗を持つ巨体だったものは辺りに散らばり、夜風に揺蕩う白い砂へと変わる。

 もはやドラゴンバーミッシュという怪物がいた事実など、悪い夢の出来事としか思われなくなるだろう。

「……」

 ハウルは立ち上がり、タイガーに振り返る。

 タイガーは生きていた。

 下顎を失ったが、頭蓋骨だけは致命的な傷を避けられたからだ。

 タイガーは失った下顎を隠すように片手で顔を隠し、空の眼窩でハウルを睨む。

「……」

 もはや喋る事も叶わないタイガーは声も上げず、ふいとハウルに背を向けた。

 ハウルもまた、視線を逸らした。

 互いにもう、戦うだけの体力は残っていない。

 共にお互いを見逃すように一瞥すると、タイガーは地を蹴り、高く跳んで姿を消した。

「……はあ」

 安堵。

 ハウルは膝から崩れ落ち、座り込んだ。

 すでに悲鳴は失せ、空のヒビもなくなっていた。

 水を打ったように静寂が辺りを支配していた。

 呆けたように、あるいは、悪い夢から覚めたように。

 未だ余韻から抜け出せぬまま、彼は拓けた街の荒野で呆然と煙の昇る夜空を見上げていた。



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