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4-6


「あーあ、やられちゃったぁ、あのキモいの」

 ビル屋上の貯水タンクの上に腰掛け、白い少女は愉快そうに呟いた。

 足をぶらぶらさせて、両膝の上に両肘を乗せて頬杖をついている。

 彼女のはるか眼下には駐車場があり、そこでは先ほどまで異形同士の戦いが繰り広げられていた。

 決着を見届けて、彼女はふふ、と笑みをこぼす。

「嬉しそうだな」

 少女の後ろから、別の声がした。

 男、と言うのは声で分かる。だが、その姿は人間のものではない。

 虎の頭蓋と、首筋から全身に這うように広がっている黄と黒の毛皮。

 後頭部からは頭髪のように白い毛が伸びており、風に吹かれてかすかに背中をなでていた。

 人間離れした異形ではあったが、まっすぐに伸びた背筋は、それだけでその怪物が相当な知性を持っている事を感じさせる。

「もちろん。バーミッシュが減るのは惜しいけど、これでもうあいつの相手をしなくて済むもの」

 愉快そうに独り言を呟く少女。

 今しがた散った知己を悼む様子は微塵もない。

「そうか。……しかし、あれがハウルか。聞いた姿と違うな」

「それよ、それ。あたしも気になった」

 思慮にふけるタイガーバーミッシュに少女が食いついた。

 よほど気になっていたのか、声のトーンも少々上がっていた。

「まんま狼男のはずなのに、なんであんな姿なの?まるで別モノじゃない」

「混血の影響だろうか。……まぁいい」

 タイガーバーミッシュが跳びあがり、少女の頭上を越えて屋上の床に降りた。

 手すりに手をかけ、下を見下ろす。

 はるか下にいるハウルは、左腕に手をかけるとそこからなにかを取り外す。

 すると、異様な風体は一気にひずむように形を変え、普通の人間へと変わった。

「やはりこの世の者に紛れているか。面白い」

 バーミッシュの視力は悪い。

 ぼやけた視界の中ではものの細部、特に遠方にあるものを見て取る事は出来ない。

 現にこうして駐車場を見下ろすタイガーバーミッシュもハウルを青色のぼやけた棒にしか見えていない。

 しかし、視力の代わりに発達した嗅覚が、ハウルから人間への変化を正確に嗅ぎとっていた。

 目も鼻もないのにおかしな話だが、彼らはそれを感じ取る事が出来るのだ。

 人間の臭いが二つ、ハウルだったものに集まるのが分かる。

 虎の耳が、彼らの会話を拾った。

「あれ、どういう事なの!?」

「お爺さんと全く違う姿でしたよ!?なぜですか?」

「え、えぇと、その、僕にもよく……」

 途端に話が騒がしくなり、タイガーバーミッシュはきびすを返した。

 貯水タンクからはしごで降りた少女の前に来ると、彼はこう言った。

「退くぞ。奴等も今の状況が分かってないようだ」

「あら、優しいのね」

 少女が手を出し、扉を開ける。

 タイガーバーミッシュは空間を切り抜かれて現れた暗い荒野に足を踏み出すと、少女に釘を刺すようにこう言った。

「勘違いするな。……不意打ちが好かんだけだ」

 それだけ言うと、タイガーは荒野の向こうへと進んでいく。

 少女は彼を追う事なく、その後姿を見送る。

 ふと気になって、声をかけた。

「ねえ。お仲間がやられて、悔しくないの?」

 これにタイガーは足を止めた。

「……私は聖人ではない。守る相手は選ぶ」

 タイガーは再び歩き出すと、やがて砂にけぶる荒野の中へと姿を消した。

 タイガーの姿が見えなくなった頃、少女は彼を追わず、扉を閉めた。

 乾いた風が止み、少女はなびいていた髪を直すように手櫛を入れる。

 と、そこで彼女のそばで声が上がった。

「ちょいちょい、ちょーい。ミッチーやられてんじゃーん」

 底抜けに明るい、軽薄な声。

 その声は少女はおろか、地表にいる直達の視線をも集めた。



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