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3-1 呼び出し


 直はその日、いつもより遅い時間に目覚めた。

 取っていた講義は二時限目のみで、十時半までに大学に着けば問題はない。

 ただし大学まで自転車で二十分はかかり、時計は十時十分を指していた。

 飛び上がるように起き、洗面所で頭から水をかぶる。

 寝癖を直しながら湿ったタオルで顔を拭き、ベランダから適当な服を掴んで着替えると、アパートの部屋から飛び出した。

 自転車に鍵を差し込み、ペダルを思い切り漕いで大学へ急ぐ。

 直の住むアパートのある一帯は緩やかな坂になっており、行きは上りになる。

 思うように加速しない自転車に気を揉みながら、直は立ち漕ぎで大学へと突っ走っていった。

 大学に着き、駐輪場で自転車を止める。

 時間を確認しようと携帯電話を取り出し、それを見た直後彼は驚いた。

 自分の携帯ではない。

 正確には彼のものだが、それまで彼が使っていたものではなかった。

 そこで彼は昨日、良蔵と長瀬によって手際よく以前のものを解約させられ、彼女に渡されたハウルフォンが自分のものとなったのを思い出した。

 現在ハウルフォンは十時ニ十八分を示していた。

 カゴに入れていた鞄を掴み、駆け足で教室に急ぐ。

 教室に着き、一歩入った瞬間チャイムが鳴った。

 比較的空いている、前側の列の席に座る。

 少し遅れて、講義を担当する教授が教室に入ってきた。

「はい、おはようございます。それじゃあ今日の講義を始めましょう」

 広い教室におっとりとした声が響く。直は黙ってノートを開いた。

 ぎりぎりだが間に合った。後ろでこそこそ話し声がするが、気にしないように前に集中した。自分の苗字が聞こえても、聞こえないふりだ。

 講義の時間の間は彼にとって安らぎすら感じられた。

 孤独である事は真面目な証拠で、誰の目も気にしないですむ。一人の世界に没頭できる。

 授業に集中しながら独りを楽しんでいると、突然ハウルフォンがけたたましく鳴り出した。

 慣れない事態に慌てて直は電源を切った。

 音がやんだ事に安心した直後、教室が静かになっているのに彼は気付いた。

 全員の視線が自分に注目しているのが分かり、居心地の悪さを痛感する。

「月島ー、電源は切っとけよー」

「……す、すみません……」

 居心地の悪さに萎縮する直。壁際の後ろの席から笑い声がしたが彼は努めて聞こえない振りをした。

 直は動揺を抑えるのに時間がかかった。

 彼に電話が掛かってくる事自体が稀だったからだ。

 加えて、ハウルフォンに変えたばかりで、マナーモードにしていなかった。

『……あれ、そういえば誰から掛かってきたんだ?』

 机の下でこっそり画面を付け不在着信を見る。

 確認するとそこには番号ではなく、電話をかけてきた相手の名前が表示されていた。

[城戸あずさ]

 覚えのある名前だった。長瀬と一緒にいた女子高生だ。

 授業が終わると、直は教室を出ながらハウルフォンを点けた。

 着信履歴から発信し、返事を待つと、二度目の着信音の後に電話が取られたのが分かった。

『はいはい城戸です』

「あ、えと、月島です……」

『やだなぁ、分かるよー。で、どんな用?』

 あけすけな物言いに面喰らいながら、直は慎重に言葉を選んだ。何せ、昨日初めて出会った相手だ。

「……その、午前中に電話かけてきたけど、あれは」

『あー、あれね。授業中だったんでしょ?ごめんね、切られた後で気付いた』

「はぁ……」

 直は電話の相手について、大まかな事は昨日すでに聞かされていた。

 城戸あずさ、歳は十七。

 二か月ほど前から長瀬や良蔵と関わりを持っており、バーミッシュの件においては直の先輩になる。

 ハウルとは別のストレンジャー・チルドレンであることも長瀬から聞かされていた。

 渡された資料にはヴィオキンと呼ばれるものについてまとめたものもあったので、それの事だろうと直は推察していた。その資料は、まだ読めていない。

 直は彼女が自分の休み時間に電話をかけてきたのも察せた。

 高校生の彼女が、大学生の時間割を知るはずがない。

『そんでね、用って程でもないんだけどー、一回会わない?』

「へ?な、何で?」

『何でも何も、あたしらお互いを全然知らないじゃん。良爺やナガさん抜きで話が出来なきゃ後で色々困っちゃうよ』

 直は最初こそ驚いたが、真っ当な提案だと分かり落ち着きを取り戻す。

「……それもそうだね」

『でしょ?じゃあ六時でいいかな、駅前のミスドでねー』

 それだけ言うと、電話はぷっつりと切れてしまった。

「……えぇー……」

 電話を切ってまず、彼は困惑した。

 いざ面と向かって会った後、話す内容が思い浮かばない。

 しかしすぐに、直はあずさとの共通の話題となるものを思い出した。

「やっぱり、昨日の話か」

 途端に彼の気分は沈んだ。ちらりと携帯の画面を見ると、そこには通話時間が表示されていた。

「……これで一分かかってないのか」

 48秒の会話は、彼にとって非常に長く感じられるものだった。

 うな垂れる直の背中に、不意に声がかかる。

「どうしたの?直君」

 直が振り返ると、肩に鞄を提げた前原志乃がいた。



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