純粋で無邪気で無知な悪
元、とはいえ、魔王の投降、和平の申し入れを伝えにベラ嬢とエルネスト伯、クロイツェルとカリン嬢、スノウが王都へ、王に報告に向かっている。
魔王だったルナを許可なく王都に入れる訳にもいかないので、ルナを抑えることの出来る俺、ルナと旧知であるサラという戦力は、ベラ嬢の屋敷に残ったままである。
「良いの? オルフ。私の狼さん。大切な姫君。イザベラちゃんに付いて行かなくて」
「良くはないが、スノウも居る。何か有ったら、すぐ知らせにも来れる。ルナのせいで、俺が此処を離れる訳にもいかないからな」
「ま、道理じゃわな。おヌシのスキルで、姫様が嘘を言っていないのは分かっていても、勝手には連れて行けんしの」
ルナが抵抗、暴れるといった心配は無いが、名目上は抑え役として離れる訳にはいかないので、苦渋の選択だった。
むしろ、ルナよりドナテロ、四天王”水瓶”のドナテロの方を脅威に感じている。
スキルを完封出来るルナより、多彩な魔道具、まだ知り得ぬ能力、俺を騙したこともある知略を持つドナテロの方が厄介だ。
「そう警戒するな。ワシは何も、何もせんわい。ワシはな。姫様もワシが、この戦いに手は出さんと言ったじゃろ。それにワシが居ったほうが、何かと良いぞい」
「ねえねえ! そんなことより、考えてくれた? 私との結婚!!」
ドナテロの信用の置けない発言を余所に、空気の読まない発言が飛び出す。
「……古臭い考えかもしれないが。妻は、生涯で1人が良いと思っている。貴族になった俺が言うのも変かもしれないけどな」
「え? でも……」
俺の考えを理解出来ないルナが、隅で優雅に紅茶を飲んでいるレオナに目線を送る。
「レオナは、シルバの妻だ。スノウは俺の前世の妻。オルフも、妻は1人だけと考えている」
「オルフの、その考え。私は良いと思いますわ。チャラチャラした殿方は、好みでは有りませんもの」
他人が見れば貴族らしく、妻を何人も侍らしているハーレムに見えるだろうが、俺は誠実に貞淑を保っているつもりなのだ。
「お妾さん。第2婦人でも良いんだけどな~。自分で言うのも何だけど、美少女でしょ? 私」
まだ諦められないといった様子で、自分をアピールしてくる自称・美少女のルナ。
第一婦人が誰かはともかく、諦めの悪いことだ。
「……さて、そろそろかの……」
ドナテロの影、俺やサラ、レオナやルナの影より遥かに暗く、見覚えのある黒い影。
ジョイフル討伐の際に、マンダラがルナと逃走した時に使った逃走方法と同じもの。
そこから見知った魔物が現れる。
「ドナテロの翁様。ご報告が……オルフ殿!?? 何故、此処に!? というか、此処はイザベラ様の御屋敷!!?」
「あ! キリバだ。ヤッホー」
空間転移により出現したことで、現在位置と状況が分からないキリバが困惑する。
元、とはいえ魔王という至上の存在まで居ることで、更に困惑を深めてしまっている。
「そんなことより、報告じゃ。報告を、せい。見たままをな」
「は、はい! コユキ村への再襲撃が無いのか、マンダラの動向を注視しておりました。動きは有りましたが、向かう先が村ではなかったので、翁様への報告を優先しました」
一度で良いつもりだった村の防衛を、律儀にも続けるつもりだったようだ。
その幼いが故の真面目さ、律儀さも看過し、自身が思い描いたように事態が動いているとばかりに冷静なドナテロ。
「で、行先は?」
「良いの? ドナ爺。オルフも聞いてるわよ」
「王都です。王都・ハルトマン。マンダラ単独で、襲撃に行くようです」
「言うた通り、何かと良かったじゃろ? だから、そんなに殺気立つな」
「知っていたな。分かっていたな。マンダラが王都に向かうことを。それを分かって、ベラが王都に向かうのを放置したのか。答えろ。マンダラの策の片棒を担いだのか。答えろ!!!」
魔王となったマンダラに、純粋に従っているのではないのは自分でも理解している。
キリバの報告が、どのようなものだか見当が付いていたのに、俺の前で報告させている時点で、敵対するつもりは、ドナテロには無い。
分かってはいても、動揺が、困惑が、失望が、怒りが、殺意が、俺の平静を奪う。
今まで、表面的にでも明るく楽しい茶会が、俺の殺気の込められた魔力の高まりにより、文字通り凍り付く。
「【魔王】を受け継いだ者の命令は基本的に背けん。だが、前魔王。姫様の父君の、無用な敵対行為をするなという命令に従わなかった者達が居るように。抜け道は有るんじゃ。無用と思わぬ行為。必要な食事や貯蔵を目的とした行為。それが、ちょっぴり逸脱。菓子が美味すぎて、食べ過ぎるのと同じじゃ」
今、まさに口に運ばれようとしていた菓子を皿に戻しつつ、女性陣が苦笑いを浮かべる。
部屋の温度が、一段と下がる……。
「積極的に、オヌシに加担。作戦を伝えることは出来なんだが、キリバを通じて助言を与えたりの。抜け道は有るんじゃ」
「事情は理解した。分かっている。だが、どうしようもない。ベラが、何も覚悟も無く、死闘に臨もうとしていると思うと。もっと早く伝えて欲しかったと思えてしまう」
「あら? それが問題なら、覚悟はしているわよ」
部屋の温度が、一段と下がる……。
「私が来た日の夜。ベラちゃんに、全て話したの。王都を襲撃するつもりのこと。マンダラの知るオルフのこと。2人の因縁のこと。それをベラ嬢に話すのが私の受けた命令だから」
悪びれた様子もなく、あっけらかんと告げられる。
ユキとツララが、汚物を見るような目でルナを見据える。
「それ以外は何も指示も命令も受けていないの。信じて。私がオルフを好きなのは本当なの。第2婦人でも大丈夫。すぐに第1婦人になれるんだから」
正義感が強そうなオムが、この世の邪悪を睨むようにルナを見る。
旧知の間柄のサラでさえ閉口し、ドナテロでさえ頭を抱える。
俺の持つティーカップが急激な温度変化に耐えきれず、砕け散る……。
完結まで更新は平日午前6時、土日祝日午前1時に行います。




