after:なんでもない日 裏
「じゃあ、学校に行ってくるよ」
「はい、行ってらっしゃい」
玄関で靴を履いた真が立ち上がり、扉に手をかける。
私はそんな真に笑顔でそう言った。
……本当は真が学校に行くのは寂しい。
でも、私だったら笑顔で送り出して欲しいと思うので、頑張って表情を作った。
「……真」
「なに?」
……でも、笑顔で送り出すけれど、これくらいは言わせて欲しい。
真からすれば負担かもしれないし、私のわがままだけれど、出来る限り一緒にいたいと思うから。
「……はやく、帰って来てね?」
「……もちろんだよ」
真は照れくさそうに笑い、そう言ってくれた。
嬉しくて、笑顔が作った物から、本当のものに変わる。
「……行ってらっしゃい」
「うん、行ってくるよ」
さっきと同じ言葉を、さっきとは違う表情で言うと、真は前を向き扉を開けて出て行った。
ゆっくりと扉が閉じ、真の姿が見えなくなる。
「……」
真がいなくなると部屋の中は驚くほどに静かになった。
壁にかけられた時計の音だけが辺りに響いている。
「……はあ」
……寂しい。
浮かんでいた笑顔が自然と消えた。
これから数時間は一人で過ごすことになる。
それが寂しくて仕方なかった。
最近、恋人同士になって、それまでよりももっと仲良くなれたと思うからなおさらだ。
「……今朝なんて、冗談を言ったりしてたし」
あの、『後五分……』といっていたやつだ。
真が冗談を言うのなんてあれが初めてじゃないだろうか。
これまでの記憶を掘り返してみても、そんな記憶は全くない。
「遠慮が無くなってきてるのかな」
そうだったのなら、本当に嬉しい。
それはつまり、真が私のことを遠慮する必要はないと、信頼してくれたという事なのだから。
「……早く帰ってこないかなあ」
真に会いたくて、時計を見るとまだ真が学校に行ってからまだ五分もたっていなかった。
驚くほどに時間が経つのが遅くて、悲しくなる。
「……戻ろう」
家事でもして、気を紛らわせる事にしよう。
私は肩を落としながらリビングへと足を向けた。
◆
「そろそろかな……」
時計を見ると、午後四時を指していた。
予定通りなら授業が終わり、今は家に向かっている頃だろう。
早く帰ってこないかとそわそわする。
もうとっくに家事なんて終わって、真と一緒に食べるおやつの準備までしてある。
後は真が帰ってくるのを待つだけだった。
「……はあ」
胸を押さえて、深呼吸する。
もっと落ち着かないと。真に変な目で見られるかもしれない。
……我ながら、真のことが好きになりすぎだと思う。
ほんの半日会えないだけでこうなっているのは流石におかしい。
こういうの、重い女って言うんじゃないだろうか。
すごく面倒くさい感じの女である。
「……でも、あんな事をされたら」
仕方ないんじゃないかなあと思う。自分で言うのもなんだけど。
……だって、あんなの反則だ。
「……」
目を瞑ると、十一月のあの日、私と真が恋人同士になった日のことを今でも鮮明に思い出すことが出来る。
酷いことをしたのに許してもらえて、それどころか告白までしてもらえて、抱きしめてもらえた。あんなことがあったのに好きにならないなんて、私には出来ない。
……だから、真には出来る限りこんな姿は見せないから、許して欲しいと思う。
「……はあ」
体内の熱を吐き出すように、大きく深呼吸をする。
……早く帰ってこないかなあ。
帰ってきたら真の隣に座って一緒におやつを食べるのだ。
あーんとかしていちゃいちゃしたい。
……何でこんなに時間が進むのが遅いんだろう。
真と一緒にいる時はあんなに速いのに。逆にしてもらいたいところだ。
「うぅ……」
手持ち無沙汰で部屋の中を意味も無く歩き回る。
そして、家の玄関から音がしたのはちょうどそんな時だった。
「ただいまー」
待ち望んでいた声に、走り出しそうになる足を必死に抑えて玄関に向かう。
玄関に繋がる扉をくぐると、大好きな人が、真がそこにいた。
「おかえりなさい」
「うん、ただいま」
これから、明日の朝までは真と一緒いられるのだ。
私は、それが嬉しくて仕方なかった。