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9.

 三日もブランクがあったのは、つまり嫌がらせをする側がその程度の気持ちなのだということなのだろう。

 遊びの延長、暇つぶし。

 三日も早起きして、証拠写真までつかんで。千咲は全力で迎え撃ったのに、その結果がこれだ。

 こういうとき屋上へ出られればいいのだろうが、校則で禁止されている。行く当てもないまま、千咲はうろうろと歩き回っていた。

「バカみたいだ」

 誰もいない廊下に、つぶやきが消えていく。窓からの光は鮮やかで強く、今日もいい天気なのだろうと予感させた。

 胸の中が空っぽで、今は青空さえもうっとうしい。

 我慢していればよかったのかと訊かれれば、即座に否と答える。けれど、得たものは何もなく、ほしかったものがむしろ遠ざかっただけだった。

 大川雅史。

 美優はどうして、こんな時間に彼と一緒にいたのだろう。グループの中で、彼女が孤立しないように、張り込みのことはもちろん何一つ彼女には話していない。

 あるいは。

 あの二人は最初から、千咲をからかっていたのだろうか。

「その方が納得できるなぁ……」

 歩くのも億劫になり、廊下の壁に背中を預ける。

 疲れた。

 いやでも頭に浮かんでくる。

 並んで立った、いかにもお似合いの綺麗な二人の姿。

「千咲!」

「近江さん!」

 ばたばたと不揃いな足音が、わんわんと廊下に反響する。はっと顔を上げると、秀美と美優がスカートも髪も振り乱し、全力疾走してくるのが目に飛び込んできた。

「うわっ!」

 ぶつかりそうになってあわてて後ろに下がると、二人はぜいぜい言いながら千咲につかみかかってきた。

「な、なに」

「探したんだよ! 急に走り出すから!」

「近江さん、足が速すぎです!」

「へ?」

 自分としては小走りだったつもりだが、ダッシュしていたのだろうか。

「あ、それより、どうしたの?」

「どうしたのじゃない! 千咲、急いで三年二組行って!」

「大川先輩が待ってます」

 その名前に、千咲の表情は凍り付く。

 足がすくみ、腕も動かない。

 怖い。

「なんで、待ってるって」

「千咲?」

「あんな所見られたのに」

 高木は怯えていた。きっと、彼も。

 今まで千咲に好意を持っていたとしても、霧散してしまったに違いない。

「近江さん」

 気遣うような優しさで、美優の手が肩に触れてきた。愛らしい丸い瞳が、真っ直ぐに見つめてくる。

「私、怖かったの。あの人たちが何をするのか、近江さんがどうなるのか。お話しした次の日から、それとなくみんなに嫌がらせをやめるようにって言ってきたんだけど、効果がなかったし……それに」

 迷うようにいったん言葉を切ってから、彼女は小さく続けた。

「止めたりしたら、次は私の番だって、言われているような気がしたの」

 それはあり得る話だ。固まっている数人の中で、一度逸脱すれば裏切りと見なされ、全員から排除される。美優は大人しいし、千咲に味方するようなことを口にし続けていれば、彼女と同時に、あるいはその代わりとしてターゲットにされていたかもしれない。

「あのさ、千咲」

 押し黙った美優のあとを引き取るように、おずおずと秀美が小さく手を上げる。

「大川先輩に、張り込みのこと話したのは、私」

 千咲は勢いよく彼女を振り向いた。驚きのせいで、身体の動きが戻っていることにも気づかない。

「なんでそんなこと……」

「だって、集団で来られたらって不安だったし、原因に先輩のことがあるなら、ちょっとは手伝ってもらってもいいかなって」

 いろいろと言いたいことがある気はするのだが、頭が働いてくれない。

 どのくらい茫然としていただろうか。美優と秀美が、千咲の背中を勢いよく押し始めた。

「ちょっ、何?」

「早く早く!」

「急がないと、他の人が来ちゃう」

「え?」

 三年二組。雅史の所へいけというのだろうか。

 どんな顔で会えばいいのか、わからないのに。

「千咲、まだ言ってないんでしょ?」

 強く強く、秀美は千咲を押し続ける。

「自分の気持ち、先輩に伝えておいで!」

 気持ち。

 自分の。

 雅史は、好きだといってくれたけれど。

「ちゃんと二人でお話ししてから、そのあとを決めても遅くないわ」

 おっとりと、けれど力のこもった口調で、美優がうなずきかけてくる。

 どういうふうに、言えばいいだろう。

 うまく言葉になるだろうか。

 わからない。でも。

 自分の意志で、千咲は前に踏み出していた。


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