8.
「ちょ、千咲!」
「正当防衛」
振り向きもせず秀美に言い放ち、もがく背中に全体重をかけてやる。ちょうど肺の位置なので、高木は苦しげに急き込んだ。
「顔も名前もとっくに覚えたし、先生に言ったって、どうせ誰かが自殺したあとの記者会見しかしないだろうから言うつもりないし」
いらだちが、不思議なくらいに沈静している。しかし燻る衝動は足の下に真っ直ぐ落ちていき、それに従って千咲は身体を傾ける。
「ひ、ひぃ……!」
「もしまた、これと似たようなことがあったら」
もっともっと体重をかけたらどうなるだろう。いや、むしろ踏む場所を首にしたらどうだろう。考えると、自然に笑みが浮かんだ。
「犯人が別の誰かだろうと、私はあんただと思いこんで仕返しにいくから」
「げほ、ぐぇ……!」
「毎日カッター持って歩いて、頸動脈の位置も常に確認するようにする」
靴の裏を通しても、高木ががたがた震えているのが伝わってくる。呼吸困難のせいか、それとも。
「あんたのお友達に、釘を刺しておくの忘れないようにね」
足をどけると、はいずりながら彼女は逃げようとする。また踏んでやりたい衝動に駆られたが、これ以上やっても無意味な気がした。
千咲の靴に、スナック菓子を入れようとしている高木の写真はデジカメで撮ってある。現像して教師の机にでもおいておくなり、その辺の壁に貼っておくなりいろいろ使い方はある。もしまた何かあるようだったら、実力行使も選択肢の内だ。
「さて、秀美。教室に……」
振り返ったところで、千咲は凍り付いた。
秀美の後ろに、さらに二人の人間が立ちつくしている。
一人は、有栖川美優。そして、もう一人は。
「先輩……?」
雅史は、強ばった表情でじっと千咲の方を凝視していた。
今までのやりとりを見られたのだろうか。
いつから、ここにいたのだろう。
なぜ、隣りに美優が。
視界が、歪んだ。
「ぁ……近江さん」
自分でも意識しないまま、千咲はきびすを返し足早に歩き出していた。