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早朝。部活動の朝練など、特別な理由がない限り、まず生徒達は登校しようなんて思わない時間帯。
この学校の靴箱は、昔懐かしい蓋や扉のついたタイプではなく、ただの棚である。靴以外のものが入っていれば一目でわかる。ゆえに、ラブレターだのチョコレートなどが入れられることはない。
そんな、味も素っ気もない靴箱に。
その女子生徒は、小走りに近寄っていった。
周囲に人がいないのを確かめ、持っていたスーパーの袋から、何かを取り出す。いかにも楽しそうに、そうっと靴箱の中にその物体を――。
かしゃっ、という小さな音は、静かな校舎の中で思いの外響いた。
「きゃっ!」
驚いた拍子に手に持っていたものを取り落とし、彼女は大きく飛び退く。同時に、隠れて様子を見ていた者達――千咲と秀美が飛び出した。
「あ、あんたら!」
「……ふふふふふふ」
低く喉の奥で笑い、千咲はじりじりと女子生徒との間を詰めていった。顔に見覚えがある。間違いなく同じクラスの女子で、美優のグループの一人である。名前は、高木とかいったか。
「な、何!?」
「見事な作戦って褒めてやろうか」
ドスのきいた声で、じりじりと千咲は詰め寄る。何か不気味なオーラでも感じたのか、彼女は引きつった顔で後ろへ下がっていくが、そちらは秀美が塞いでいる。完璧な布陣だった。
「材料が揃わなかったのか、私を油断させるためか……いずれにしても!」
「ひぃっ!」
のけぞる彼女に、千咲は思い切り怒鳴りつけた。
「あれから三日も音沙汰ナシとはどういうことだあああ!!!」
腹の底から。
思いっきり。
入り口の窓ガラスがびりびりいっている。
大声のせいかそのほかの迫力のためか、高木だけでなく秀美まで飛び上がる。だが、千咲の怒りはまだまだ収まりそうになかった。
有栖川美優から話を聞いた翌日から、千咲は朝五時から学校で張り込みをしていたのである。現行犯で抑えるためだ。しかし、なかなかテキは現れず、いい加減寝不足でいらいらもピークに達している。ちなみに、秀美は自主的に協力を申し出てくれた。
「ち、千咲」
「何!?」
「ひぃっ……!」
目つきが凶悪だったのだろうか、声をかけてきた秀美が硬直している。少し反省し、千咲は深呼吸する。
自分につきあって三日も早起きしてくれた友達に、こういう態度はよくない。
「ごめん。で、何?」
「いや、怒るポイントがずれてるんじゃないかなぁって……」
「ポイント?」
千咲は首をかしげ、しばし考え込み。
「ああ」
ぽん、と手を打ち合わせた。
「そういえば、靴にこれを入れられそうだったんだもんね。ははは」
「忘れないでよ……」
眠すぎて頭が動かなくなっていた。乾いた声で笑いつつ、千咲は落ちてそのままになっている物体をちらりと見やった。
さすがに、ねずみの死骸は持ってこられなかったらしい。散らばっているのは、スナック菓子だった。
「これで靴をいっぱいにされたら、それはそれでいやだけど、食べ物粗末にするのはね」
「う、うるさい!」
ようやく気を取り直したか、高木は立ち上がって千咲を睨みつけてくる。
「逆ギレかっこわるいよ」
「うるさいっつってんだよ!」
非論理的な上なんの説得力もない。完全な逆ギレである。
思わず溜息をつくと、高木はうろたえながら鞄を掴み上げた。
「チクったらどうなるかわかってるんでしょ!?」
「さらにこういう幼稚な嫌がらせをエスカレートさせるってこと? 自分らが悪いのに、どうして告げ口したやつに責任があることになるわけ?」
むかつきがひどくなる。腹が立って腹が立って、抑えきれなくなりそうだ。
「そもそも、原因は何? 私が気に入らないから? そんなことで徒党組んでねちねちねちねちこんなことして、なんで楽しいの?」
「うるさいっつってんだよ!」
バカの一つ覚えのように繰り返し、とうとう高木は片手を振り上げた。
だが、激高した彼女と反対に、冷静さをまだ失っていなかったため、簡単に平手をかわす。勢い余って、彼女は転んだ。
起きあがろうとする背中を、千咲は。
「うがっ!」
なんの躊躇いもなく、蹴りつけた。