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「あれ、どうしたの?」

 いつものように、ショートホームルームが終わったあとにやってきた雅史は、千咲のスリッパに真っ先に気づいた。

 ああ、と千咲はうなずいて。

「朝学校に来たら、上靴に生ゴミが詰められてて」

 不自然ではない程度に大きめの声で、はっきり答えた。

 廊下に出てきていた他のクラスの生徒までが、ぎょっとした顔で一瞬振り向く。

「な……生ゴミって」

「わざわざ自分の家から持ってきたんでしょうかね。暇なことに労力費やす人もいるもんです」

 同じ声量を保ちつつ、茫然とする彼を促して歩き出す。

「今日は机の中にぞうきん入ってたし、明日はきっと体操着が水浸しとかですね」

「ちょっと待って……」

 くらくらしながら、彼は足を止める。

「なんでそんな……いつから?」

「今日からです」

「先生には?」

「いいましたけど、何かしてくれるわけはないですから」

「そんな……」

 必死で、彼は何か考えている。それを見ているふりをして、千咲は廊下でまだたむろしているクラスメートたちを眺めていた。

 鎌かけに引っかからないかどうか。

 秀美にも、教室の中から観察を手伝ってもらっている。必要以上に反応を示した者がいたら、直接揺さぶるつもりでいた。

 反応は、あった。とりあえず。

 ざわめきを取り戻し、それぞれに散っていこうとする生徒たちの中で、凍り付いたように立ちつくす細い姿。

 有栖川美優の綺麗な顔は、強ばったままうつむけられていた。



 千咲と秀美は、有栖川美優と一緒に駅へ向かっていた。雅史には、適当な理由をつけて先に帰ってもらった。

 美優は、普段親しくしていない二人の同級生に突然声をかけられたにもかかわらず、おっとりとしていた。何も怖いものはない、という雰囲気は、育ちの良さから来るのだろうか。

「で、有栖川さん」

「はい」

「単刀直入に訊くけど」

 人気のないところで、千咲は切り出した。

「私の上靴のこととか、心当たりあるの?」

 美優は、真っ直ぐに見返してきた。

「心当たり、といえるかどうか」

 形のよいほっそりしたあごに、華奢な人さし指を触れさせて考え込む令嬢は、思わず見とれてしまいそうに綺麗だ。

「毎朝、私たち待ち合わせをして、一緒に登校しているんだけど、今朝は一人だけ来ない人がいたの」

「一人?」

「ええ。お休み? って訊いてもみんな曖昧なことしかいわないから、変だと思って。でも学校に来てみたら、ちゃんと本人がいたから、何か事情があったんだなって思ったの」

「なるほど」

 しかし、これだけのことではその来なかった一人が犯人とは断定できない。

 それに、美優のあの反応は、他に気になっていることがあるように思える。

「他に何かあったんじゃないの?」

 試しに揺さぶってみると、彼女は一瞬だけ顔を強ばらせた。

「さっき、廊下で大川先輩と私が話していたとき、近くにいたよね?」

「え……」

「私も、秀美もちゃんと見てた。あのとき、有栖川さんの様子がおかしかったのも」

 美優は、何もいわない。顔を背けて、動くこともしない。

「友達を売りたくないのはわかるけど、私もこんなことをされて黙っていたくない。言いたいことがあるなら直接顔会わせて言えって、文句つけてやらないと気がすまない」

 口だけでなく手も足も出す気満々だが。

「……近江さん、怖くないの?」

 かなり時間が経ってから、ようやく美優は口を開いた。

「怖いって?」

「だって、こんな嫌がらせされて……そのうちもっとひどくなるかもしれないのよ? 誰も助けてくれないに違いないのに」

 クラスで孤立して。毎日毎日、陰湿な嫌がらせに、精神を削ぎ落とされる。助けてくれる者などおらず、戦うこともできないで、追いつめられていく。

 怖くないわけがない。

「ちょっと前までは、それがいやで穏便に済ませることばっかり考えてた」

 目立たないように、排除の標的になるような条件を満たすことのないように。

 選ばれた一人に、ならないように。

「でも、何か悔しいから」

 自分という存在を、あんなに大切にしてくれる人に、真っ正面から向き合えないことが。

 その想いに応えたいのに、多くの身勝手さに妨害されることが。

「私がどうしたいか決めるのに、他の意志なんていらない。まして納得できないようなものなら。だから、戦ってやる」

 美優は、じっと千咲を凝視していた。秀美までもが、なにやらぽかんと口を開けて固まっている。

 どうしたんだろうと千咲が首をかしげるのと同時に。

「……わかりました。お話しします」

 美優の改まった口調には、何か覚悟のようなものが感じ取れた。

「お弁当の前に、みんなと手を洗いに行ったんですが、私だけ遅くなってしまって。それで、先に戻ってもらったんですけど……」

 美優が小走りに追いかけると、グループの面々は教室へはいる直前だった。声をかけようとしたが、そこで彼女たちの話していることが聞こえてしまったらしい。

「なんて言ってたの?」

 秀美が身を乗り出す。美優は、一度深呼吸してから、声を潜めて言葉を継いだ。

こう、聞こえたそうだ。

『生ゴミは持ってくるの臭くて大変だった』『じゃあ、明日はネズミの死骸にする?』

 と。

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