3
相手が来る前にとんずら。
千咲の選べる手段は、それだけだった。
が。
「あ、よかった。まだ帰ってなかった」
教室を出るやいなや、敵がそこで待ちかまえていたのだ。
「どうしたの? 幽霊でも見たようなリアクションして……」
「ちょ……待ち伏せしてたんですか!?」
「いやだなぁ、張り込みといってよ。ストーキングも不可ね」
爽やかにそんなことを言い、雅史は廊下にすっこけたままだった千咲の手を取った。
「さ、帰ろう」
「や、ちょ……!」
抗議の声を上げるよりも早く、彼女は手を引かれ校門へ向かっていた。
手首をつかむ、彼の指。
決して力は入っていない。
なのに、ふりほどけない。
千咲は困惑するばかりだった。
たとえば、大きな水たまりが道のど真ん中にあったとする。
雅史は、そんなときごく自然に、渡るための足場を作ってくれる。自分の上着を犠牲にするとか、一昔前にはやった方法ではなく、その辺から適当なものを持ってきて。
「そりゃファンも増殖するわよねぇ」
購買のサンドイッチのゴミを片づけながら、秀美はしみじみとうなずいた。
「しかも、そういうのが気障に見えないのがすごいよね」
無言を通してはいたものの、千咲も同感だった。強引に押し通され、ここ三日間登下校は一緒にしているのだが、それで心底実感した。
大川雅史。
彼は、本当にいい人なのだ。
顔もよく、背も高く、勉強もよくでき、スポーツマン……ではないようだが、気配りがうまい。
少女漫画に出てくる主役級キャラのような人物である。
思わず溜息をついてしまう。あの手の漫画では、たいていヒロインはなんの取り柄もなく、顔も普通。なのに美形どもからもてまくるのだ。どういうわけか。小学生の頃は、千咲もそういう雑誌を読んでいたのだが、いつも不思議に思っていた。
元気なだけでとりたてていいところのないヒロインより、美人で頭もいいライバルの女の子の方がいいだろうに、なぜ美形どもはそっちに見向きもしないのか、と。
自分を取り巻く現状を少女漫画に当てはめると、なんの取り柄もないヒロインはこの自分。事実いいところがないのは当たっているし。
では、ライバルは。
「……美人で頭もいいキャラねぇ……」
「は?」
首をかしげる秀美を無視し、千咲は教室に視線を彷徨わせる。
クラスで限定するとすれば、適当なのは一人。
有栖川美優。家はお金持ち、いわゆる深窓の令嬢で、楚々とした儚げな立ち振る舞いと気品ある整った顔立ちに、男子だけでなく女子の中にも、彼女にあこがれる者は多いらしい。
彼女なら、きっと雅史の隣りに相応しい。見ているだけで溜息が出る、似合いのカップルになるだろう。
外野からの反感を封じられるほどに。
「大川先輩」
「ん?」
「有栖川さんにすればよかったのにね」
物好きな人もいるものだと、千咲はほどよく冷めたお茶を飲んだ。