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ぞろぞろと、三、四人の女子グループが教室を出て行く。確か前の休み時間にも、集団で出て行った気がする。十分間しかない休憩なのに、ご苦労なことである。
千咲は、視線を窓の外へ転じた。あと一限で、ようやく学校は終わる。
グラウンドに、わらわらと蠢く団体がいる。どこかのクラスの男子が、体育だったらしい。ぼんやり眺めていた彼女だが、ふと目を見開いた。
同じ色のTシャツとジャージを、全員着ているのに。この学校は髪を染めても何も言われないから、茶髪どころか金髪もいるのに。ましてここは二階だ。
それなのに。
癖のない黒い髪をかきあげ、柔和に笑う優しげな大川雅史は、なぜか誰よりも千咲の目を惹いたのだ。
朝のことを思い出す。電車を降りて、すぐに呼び止められた。知らない声だったから、ことさら緊張して自分は目つきも悪く振り返っただろうに、彼は真っ直ぐに見返してきた。
雑踏を退けて、彼の言葉は堂々と千咲に届いた。
『ずっと好きでした。つきあってください』
そこまで思い出し、溜息をつく。
いわゆる、恋の告白をされたのは、人生で初めてだった。
「近江さん」
焼却炉への途中で、名を呼ばれた。そちらへ顔を向け、千咲は後悔した。
「ゴミ捨てに行くの?」
言いながら、大川雅史はプラスチック製のゴミ箱をひょいと取り上げた。こういうことをさりげなくできるから、多くの女子生徒たちがぽーっとなるのだ。
「一人で持てます」
取り返そうと手を伸ばしたが、歩幅の違いで雅史はどんどん行ってしまう。千咲は小柄な方ではないが、彼は頭二つ分は長身で、足も長かった。
後ろからついていく千咲を気遣うように、振り返ってきた顔は優しい笑みすら浮かべていて、造作がいいものだから、うかつにもときめきそうになる。
目の上ぎりぎりにまで伸ばした前髪の下から、雅史を伺う。
こんなにかっこいいのに。普通に、明るく生活していくのも楽なのだろうに。
なぜ、自分なんかに関心を持ったのだろう。
「今朝は驚かせてごめん」
はっとする。いつの間にか、焼却炉の前についていた。
雅史は、からになったゴミ箱を傍らに置き、ゆっくりと千咲に視線を移動させてきた。
今朝の答えを待っているのだと、わかった。
「大川先輩」
ゆっくりと、一言ずつ区切るように、千咲は言った。
「ごめんなさい。駄目です」
間髪おかず、雅史からゴミ箱を取り返し、きびすを返す。
これだけはっきり言えば、諦めるだろう。誤解のしようもないほど直接的に断ったのだ、周りからも騒がれることはないはずだ。
完璧。
そう思ったのも、束の間だった。
「近江さん」
後ろから手首を捕まれ、思わず固まってしまった。
大きな手。
「どうして駄目なのか、訊いてもいい?」
どうして。
理由なんて、決まっている。
けれど、本当のところを説明しても、納得してもらえないだろう。
「だって、私……」
一番無難ないいわけを、急いで頭の中から探し出す。
「先輩のこと、あんまり知らないし」
我ながらうまいこと言えたと、千咲は自画自賛した。
しかし。
「それなら、知ってからでも返事は遅くないよね?」
「……」
思考が止まった。
すばらしい切り返しだ。
「とりあえず今日、駅まで一緒に帰ろう。部活は?」
「ない……です」
「わかった。じゃ、あとでね」
あれよあれよという間に・
大変マイペースな学園のアイドルは、千咲を残して去っていったのだった。