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Chapter1-2 七波の過去②


 深夜一時。

 不穏な状況下にある人々に寄り添おうと七波はブースに籠り、たった一人でラジオ放送を再開させることにした。


 「まさかこんな形で冠番組を持つことになるとはなあ」


 七波はぶつぶつと呟きながら手始めにジングルを流し始める。

 ただ電波に乗せて喋るだけではない、番組としての形を保った放送を行うことが戦場に取り残されたラジオマンとしての彼の意地であった。


 さて、いったい何を話そう。

 構成も台本もない全てが行き当たりばったりの放送だ。

 七波はジングルの裏で思案する。


 それから、少し間を空けて彼はマイクの方を向く。


 「生存報告ー!」


 考えた末に七波は勢いにまかせてアドリブで喋ることにした。

 普段ならただ静かな音楽を流すだけの時間だが、この局には他に誰も無い。

 それは、今の自分を止める者もいないということだ。

 この際好きにやらせてもらおうと、七波は開き直って電波を私物化することにした。


 七波は口がまわるに任せてその日あった出来事を電波に乗せていく。

 彼は昼間に集めた情報をもとに、近隣地域の中で近づいてはいけない場所や情勢といったものを話した。

 それらはきっと共有した方がいい情報だろうと彼は考えたためである。


 「この放送、誰か聞いてんのかね?

  もし聞いてるやつがいたら八番街の方にはあまり近づかない方がいいぜ。

  昨日の空襲の不発弾が埋まってる。

  知り合いにも声をかけてやってくれよ」


 七波はしばらくそんな話を続けた。

 頃合いを見ては適当な音楽を流し、それが済んだらまた話し始める。

 この夜の放送はそうやって二時間に渡って行われた。


 七波はマイクを切り、ブースの中で長いため息をついた。

 

 さすがに疲れた。

 と、そんな風に七波はうめき声を上げて椅子に深く体を沈める。


 後半はほとんど個人的なぼやきのようになっていたなあ。

 彼はいささか反省しつつも、誰かがこの放送を聞いていてくれればと願った。


 ◇


 戦争が始まり、幾度かの夜が過ぎた頃。

 七波はあれから毎晩同じ時間に放送を続けていた。


 途切れることなく彼が続けられた理由は実にシンプルだ。

 というのも、七波のラジオは彼の予想を超えて好評だったのである。


 もちろん戦時下であるから、着の身着のまま避難した市民の中でラジオが聴ける環境にいた者は限られている。

 一方で災害等に備えてラジオを常備していた者も当然ながら存在し、彼らが避難所に持ち込んだ一台のラジオはその何倍もの人々に共有されることとなった。


 当時のラジオから流れてくるのは軍の広報的放送ばかり。

 そういった状況で七波のラジオ番組がリスナ―に「発見」されると、その情報は瞬く間に市民の間で広がった。

 初めは市民の生活に直結する情報を流すラジオということで認識されたが、次第にぼやきが増え始めた七波のラジオはまるで市民の気持ちを代弁しているかのようだと共感を呼び、戦時下における市民たちの貴重な娯楽としての立ち位置をいつしか持つようになったのである。


 市民の間で広まった七波のラジオは、当然ながら東西の両軍にもその存在を知られることとなる。

 市民統制のために七波の放送をやめさせるべきだという声が軍内部であがることもあった。

また、差し押さえた上で利用し、軍に都合の良い台本を読ませるべきだ、とも。


 しかし放送局は東西の勢力圏のちょうど境目にあり、その放送局に干渉しようという動きは両軍にあったため、お互いに思うように動くことができなくなってしまった。


 その結果、七波の放送は市民のガス抜きに有用であるとして泳がされることとなる。

 七波自身も軍に狙われることを回避するために放送内容をある程度注意していたため、それが功を成したとも言えよう。


 かくして七波は、緩衝地帯となった放送局で毎晩深夜の放送を続けるようになったのである。


 七波の生活は一変した。

 昼間は生活に必要な物資を集めながら、放送に向けたネタや情報を集める。

 そして夜は昼間に集めた情報をもとに市民たちに語り掛けるといった具合である。


 『──どうやら子供とはぐれた母親がいるらしい。

  心当たりのあるやつは連絡をくれよな』


 彼は直接連絡を取り合うことのできない市民たちの橋渡し役を買って出た。

 また、一部の兵士たちの間でも彼の放送は評判になり、ときたま匿名で放送局宛に便りが届けられることもあった。

 その内容は戦闘が行われそうな場所のリークである場合もあり、七波は軍に目を付けられない程度に表現を変えながらそれを放送に乗せて、市民がそこに近づかないよう促したりもした。


 七波は、次第に離れ離れになった国民を繋ぐ存在になりつつあった。


 ◇


 古ぼけた塔の屋上に柔らかな風が吹きつける。

 七波は自分の過去についてを話し、一つ溜息をついた。


 「あ…主様!」


 話を聞いていたエマが手を上げて言う。

 質問がある、という意味のジェスチャーだろうか。


 七波は頷いてエマの次の発言を許可した。


 「あの、その、さっきから出てくる『らじお』というのは……いったい?」

 「……え?」

 「ああいや! そのっ! 

  話を聞いていてなんとなく意味は分かったような気がするんですが」


 エマは顔を赤らめて恥ずかしそうに口ごもる。

 七波はその様子を見てがっくりと肩を落とした。


 剣士がいて、魔法使いがいて、竜が飛んでいる。

 この塔に至っては電気が使われているような痕跡もない。


 そうだ、この世界にラジオ放送という概念なんてあるはずもないのだ。


 七波は極力難しい言葉を使わずにラジオ放送について説明を試みた。

 電波、無線通信、周波数などこの世界の常識の中に無い要因をぼやかして話すのはだいぶ骨の折れることであったが、根気よく説明した甲斐あってどうにかエマに概要を伝えることはできた。


 「──主様は、その『らじお』を通して市民に寄り添うことを選んだのですね」

 「あの時の俺にはそうすることができる道具があったからね」

 「それでも主様はそれを選んで行動したわけでしょう?

  必ず、それで救われた者もいたはずです」

 「かもしれない。

  ……でも、俺は失敗したんだよ」

 「失敗?」


 エマが首を傾げて尋ねた。


 「俺のやっていた放送は目立ちすぎてしまったのさ。

  戦争中の二つの軍は、本格的に俺を利用しようとした。

  東軍からは西軍を貶める放送をしろと言われ、西軍からは東軍を貶める放送をしろと言われたよ。

  まあつまり、連中は俺を隠れ蓑にして市民感情を自分たちに有利なように操ろうとしたわけだ」


 七波は塔の淵にもたれかかるようにして言った。

 

 「どちらの味方にもなりたくなかった俺は、中立の立場を気取って放送を続けたよ。

  だけどある日、つい変なことを口走っちまった。

  ──戦争は必ず終わる。一緒に耐えよう。そして仲間を探しに行こう。

  そしたらその放送中に大勢の兵士が押し掛けてきたんだ。

  建物に火をつけられて、俺は足をやられて動けなくさせられた」


 そしてあっけなく死んだ。七波はそんな風に自分の最期を淡々と語る。

 エマはただ黙ってそれを聞いていた。


 「戦争を終わらせたかった。その一点に関して俺はずっと後悔をしている。

  もしかすると俺は、あの放送を聞いていた市民の声を代弁していると思い上がっていたのかもしれない。勘違いさえしなければ、もっといいやり方があったのかもしれない。戦争を止めたいというお前の願いに共鳴したのは、そういうわけなんだろう」


 七波が言う。


 「エマ。さっき、無理だと言った俺の言葉を撤回するチャンスをくれないか」

 「主様……」


 もはや懇願にすら近い勢いで迫る七波にエマはうろたえてしまう。


 「残念ですが…、今の私達ではどうすることも……」

 「俺には何の力もないかもしれない。でも、何かできることはないのか?」

  この際ルーバスにも相談しに行ったってかまわないぞ、俺は」


 何故か脅すような口調で七波が迫る。

 エマは困ったような表情。


 「ルーバス?」


 不意に出た名前に引っ掛かりを覚えたのか、エマがつぶやいた。

 彼女はうつむいて何かを考えるような顔をし、それからまたハっとした様子で顔を上げる。


 「主様。一つ、やり忘れていたことがありました……!」


ここまで読んでいただきありがとうございます!

不定期更新ですが、次話は明日8月19日の午前2時ごろ更新予定です。

もし刺さる部分などありましたら、評価や感想などいただけると励みになります。


Twitterで報告などしています。

よろしければそちらも見てやってください。 /脳内企画@demiplannner

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