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プロローグ #6 エマという従者について


 「おい」

 「なんじゃ」


 七波は宙に寝そべっていたルーバスに声をかけた。


 「彼女が使った、その召喚術とやらについて教えてくれ。

  どうして彼女はあそこまで落ち込んでいる?」


 七波が言うと、ルーバスは体を起こし、胡坐をかくような姿勢をとった。

 彼はそれから何かを考えるような表情で顎を掻く。


 「さっき、使う者のいない地味なやつと言ったじゃろ?」

 「召喚術…のことだよな?」

 

 「その通り。

  まあ、本当のところはいわゆる禁忌扱いにされていたからなんじゃが……」

 「待てよ。それ、使って大丈夫なのか?」

 「もはやそれを罰する者もおらんからの。ま、それぐらい古い術だったわけじゃよ」

 「……禁忌扱いにされた理由を聞いても?」


 七波が尋ねた。

 しかしルーバスは低く唸るだけで応えようとはしない。


 「理由も言えないのか?」

 「術者の強欲な願いに共鳴した怪物が現れ、世界を危険にさらした。

  これ以上は言う気にならん」

 「ええ? そっちから言い出したことじゃないか」

 「うるさいのう……。

  召喚術について教えろと言ったのはそっちじゃろ」


 ルーバスはそう言って腕を組み、不愉快そうに七波から顔を逸らした。

 子供じみた老人め、と七波は困ったように頭を掻く。


 「どうして彼女はこんなことをしたんだ?」


 改めて七波が尋ねる。


 「彼女には魔術の才能が無かった、それだけのことよ。

  これは生き物の命そのものを触媒として行う術で、

  理論から言えば、召喚術と呼ばれる類の中でこの術は魔力を必要としないに等しい。

  異界の力を求める彼女には、この方法しかなかったというわけじゃ」


 ルーバスが答える。


 「彼女はそれなりに長い時間をかけ、少なくない犠牲を払ってこの召喚に臨んだ。

  まあ。その結果出てきたのが、

  願いを叶える力を持たないお前さんだったわけじゃがなーはっはっは!」


 ルーバスが声を上げて笑う。

 七波は不愉快な気持ちになった。

 しかし、その一方であからさまなルーバスの様子に違和感も覚えた。


 「もしかして俺のことを煽ってる?」

 「おや、ばれたか」


 七波の指摘に、ルーバスは悪びれる様子もなく答える。

 それからルーバスは宙を漂い、積みあがった書物の上に腰を落ち着けた。


 「術者は呼び寄せた相手の一切の責任を負い、これに主として仕えなくてはならない。

  彼女がおぬしを主様、なんて呼ぶのはそれが理由じゃよ」


 ルーバスが頬杖をついて言った。


 「仕える?」

 「彼女はもはやおぬしの奴隷ということよ。

  おぬしが彼女を服従させようと思い命じたことを断ることはできないんじゃから」

 「そんなことするわけがない!」

 「そうか? それならちっとは救われるのう」


 「彼女はいつまでそうしなくちゃいけないんだ?」

 「契約に使った命が尽きるまでじゃ。

  ざっと一生涯彼女はお前さんに縛られ続ける」

 「それは…つらいな」

 「納得ずくでやったことじゃ。ああやって落ち込む方が悪い」


 突き放すようなルーバスの言葉。

 七波はエマが出ていったきり開け放たれたままの扉に目をやった。


 「……彼女に助けてもらったことには違いはない。

  何か俺にできることはないのか?」


 「不完全な契約じゃ。おぬしにはなんの束縛もないはずであろう?」

 「借りを返したいだけさ。

  それに、俺は彼女に共鳴したからここへやってきたんだろ?

  さっきあんたはそう言ったじゃないか」


 七波はルーバスの方を振り返る。


 「最初は何のことかと思った。

  でも、実は心当たりがないわけじゃないんだ」


 七波が言うと、ルーバスはしばらく七波を見つめたまま黙り込んでしまった。

 

 「……出てきたのがおぬしのような奴だったのは救いじゃな」


 ややあってからルーバスが言う。

 それを聞いた七波は困ったように笑った。


 「どうかな。彼女をひどく失望させてしまったようだけれど」

 「さっきも言ったが、あれは全て納得ずくで召喚をしておる。

  おぬしを逆恨みするようなことはしないじゃろう。

  だから、おぬしが責任を感じる必要はまったく無いよ」


 ルーバスは首を横に振って、七波の言葉を否定した。


 「召喚の結果は散々なものかもしれんが、見方を変えるとまた面白く映るものもある。

  魔術の才を持たないあの子は、純粋な願いの力だけで異界の存在と交渉を果たしたのじゃ。

  それに共鳴するおぬしのような者がいたことは、何か意味があったのかもしれん」


 「……本気で言ってる?」

 「さあ? それっぽいことを言って話をまとめようとしただけかも」


 ルーバスは肩をすくめて言った。


 「あの子は屋上にいるはずじゃ。良かったら様子を見てきてもらえんか」

 「屋上ね。いいよ、わかった」


 七波はそう言って、部屋を後にした。

 振り返ることはしなかったが、何故だか七波は背後で誰かがため息をついたような気がした。


 ◇


 七波は螺旋階段を上り、塔の屋上へと続く扉を開いた。

 屋上から見える空は雲一つなく、辺り一面に星々が敷き詰められている。

 そこから視線を下ろすと、屋上の淵に手をついて立つエマの姿が見えた。


 扉の開く音に気付いたのか、エマは七波の方を振り返る。

 七波から見えるその表情には先ほどまでの落ち込んだ様子は既に無かった。


 「主様?」


 七波が現れたことが意外だというように、エマが言った。

 七波は右手を上げてそれに応える。


 「この場所にはよく来るのか?」

 「ええ。景色が一番よく見えるので」


 歩きながら七波が尋ねると、エマはそれに頷いて答えた。

 七波はエマの隣に立ち、彼女に倣って塔からの景色を見渡した。

 

 「あれは、もしかして?」

 「はい。主様が最初にいた場所ですよ」


 七波が見つけたのは、あの戦場となっていた広大な草原であった。

 竜に乗って遠くへと来たものだとばかり思っていた七波にとって、あの殺伐とした景色がすぐそばに存在していたことは少なからず驚く要素であった。


 「種明かしをしますと、この場所に戻る様子を見られぬように遠回りをしたのです」


 エマが小さく笑う。

 

 「連中はどうしてあそこで戦っていたんだ?」


 景色を眺めながら七波が尋ねた。


 「それはちょうどあの場所が二つの国の境界だったからですよ。

  あの草原を挟んで東がコロニス。西がリディアというわけです」


 エマは草原のある方を指さしながら言った。


 「戦争の規模は広がり続けています。

  主様が見たあの戦場でさえ、もはや全体の中で見れば小競り合い程度でしかないのです。

  コロニスとリディアの境にある土地は、お互いに取ったり取られたりを繰り返して、毎日何かしらの戦闘が起きている有様で、そこに近い村々は悉く焼かれてしまいました」


 「……戦争の一番の被害者はいつだって民間人だよな」

 「ええ、まったくもって同感です。

  こんな戦争をいつまでも続けて良いわけがありません。

  誰かが止めなくては……」


 エマが言う。


 「お前は、禁忌扱いの術に手を出してまでその誰かになろうとしたんだな」

 「ルーバスから聞きましたか?」

 「ああ。

  ……ごめんな、期待外れだっただろ?」

 「そ、そんなことは!」

 「全く無いと言い切れるか? って、自分で言ってて悲しくなってきたよ」


 七波の言葉をエマは慌てて否定する。

 その様子がなんだかおかしくて七波は自嘲気味に笑った。

 するとエマは少しばかり不機嫌そうな顔をする。


「あまり、意地悪をしないでいただきたい!

 ……ただそれでも私は主様に含むところなど何もないのです。

 一つの手段を私がうまく活かすことができなかっただけなのですから。

 私はまた、別の方法を探すだけです」


 絞り出すようにエマは言った。

 その表情は穏やかな笑みを浮かべていたが、それが彼女一流の強がりだということを七波は見抜いた。


 七波はエマという人間がどういった性格をしているのかが少しわかった気がした。

 彼女は決して他人を責めたりしない。

 それは、全ての原因が自分の不明不足にあると考えてしまうからだ。


 七波にはこの戦争がどれだけ続いているのかわからなかったが、エマがその大きな渦の中で翻弄され続けてきたのだろうと想像するのは難くない。

 戦争を止めたい気持ちはあるが、それを果たすことはできなかった。

 悔しい思いを持ち続けていたに違いない。諦めることもできなかったのだろう。


 恐らく彼女は自分の心が折れぬよう、自ら可能性という希望を見つけ続けたのだ。

 彼女は決して周りに失敗の原因を求めない。彼女にどうすることもできない理由で失敗が続くなら、それは彼女の願いを塞ぐことに他ならないからだ。


 だから彼女は全ての失敗の原因を自分の中に求める。

 周りを動かすための最善の行動をとれなかった。自分の努力が足りなかった。無意識のうちに怠けていた。

 そんなふうに失敗の原因が全て自分に由来するものなら、全ての問題は自分一人が努力すれば乗り越えられる可能性があるではないか。


 目の前にいる女性はとても強い心の持ち主だとよくわかる。

 きっと彼女はほんの僅かな希望さえあれば戦い続けることができるのだろう。

 

 そこに至るまでの道のりを考えると、何も言えなくなってしまう。

 全ての原因は自分にある──そんな楽な考え方(・・・・・)に逃げても仕方がないとさえ七波は思う。


 それでも七波は少しでもエマの力になりたいと思った。


 「エマ。俺の話を聞いてくれないか」

 「……主様の?」


 エマの問い返しに七波は頷く。


 「お前と同じことを願って、俺も失敗したんだ」


 七波はエマの方を振り返ってそう言った。


 かつての自分の願いと、そして何故自分が彼女の下へやって来たのか。

 七波はこの世界へ至るまでの自分の過去を振り返ることにした。



ここまで読んでいただきありがとうございます!

プロローグはここまで。次回から第一章となります。

不定期更新ですが、次話は明日8月17日の午前2時ごろ更新予定です。

もし刺さる部分などありましたら、評価や感想などいただけると励みになります。


Twitterで報告などしています。

よろしければそちらも見てやってください。 /脳内企画@demiplannner

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