プロローグ #5 無能の召喚
戦争を止めてほしい。
そんなエマの力強い言葉に七波はとぼけた声を出すしかなかった。
それからまた無言の時間が続く。
「えっ…?」
次第にエマも何かがおかしいと思い始めたのか、戸惑い始める。
彼女は彼女で状況が理解できないといったふうに首を傾げると、それから「ルーバス!」とあの老人の名を呼んだ。
「なんじゃあ?」
エマの背後の扉をすり抜けて半透明の老人が現れる。
「お、おい? なにか様子がおかしいぞ? 話が違うではないか!」
エマは七波に背を向け、ルーバスに詰め寄って言った。
それを聞いたルーバスはあからさまに眉を顰める。
「いやいやいや、何かの間違いじゃろーて。
ほれ、もっかい願いを言ってみ?」
ルーバスはそう言って顎でエマを促す。
エマは再び七波の方を振り返って歩み寄り、改まった顔で一つ咳払いをした。
「主様」
エマが言う。
──その主様ってのが、そもそもなんなんだよ!
七波は胸中でそう叫びつつ、場の雰囲気に従って頷いた。
七波の反応を見てから、一呼吸してエマが再び口を開く。
「どうか、この戦争を止めてほしいのだっ!!」
「いや。無理だって」
エマの渾身の叫びの直後、七波はごく当たり前にそれを断った。
「なっ…ええ!? だって、その……えええええっ!?」
真っ向から否定する七波にエマは慌てたような声をあげる。
その様子を見ていたルーバスも、エマの背後で少し驚いたような顔をしていた。
「ほう…?」
ルーバスはエマと七波の周りをふよふよと飛び回り、二人を観察し始める。
何周か回るまでにルーバスは何度か感嘆の声を漏らした。
「いやはや、こいつは驚いた」
ルーバスが言うと、エマは不安そうな顔で彼の方を振り向く。
「まさか召喚は失敗だったのか…?」
「いーや、魔力の繋がりは確かにあるよ。お前さんの召喚は確かに成功しとる。
しかしこれ、ちょーう弱い繋がりじゃな。
それに…こやつ自身も、なんの力も持っとらんぞ」
まるで無能とでも言っているようなルーバスの言葉に七波は不愉快そうに眉を顰める。
「おい、俺にもわかるように説明してくれないか?」
七波が言うと、ルーバスは面倒くさそうに頭を掻き、空中でゆっくりと振り返った。
「この女がやったのは、とうに失われた召喚術よ。
ホコリにまみれた、誰も使う者もいない地味ーなやつな。
強い願いをもってこの術を行えば、それに共鳴する存在を異界より呼び寄せる。そんな術じゃ」
ルーバスが言う。
「召喚に応じたものは術者の願いを叶えんと、寄り添うような思考を持つはずなんじゃが…。
どうもそういう感じじゃなさそうじゃの?」
「待て待て、そんな洗脳じみた術に俺は巻き込まれたのか!?」
「別に洗脳されておらんではないか。 まあ気にするな!」
七波の抗議をルーバスは大笑いして一蹴する。
それからルーバスは近くにいるエマを見て、何かを思い出したように笑うのをやめた。
「…おっと、おぬしはそういうわけにもいかないようじゃな」
ルーバスが言う。
七波も今の状況についてエマを問いただそうと彼女の方へ視線をやったが、その場に立ち尽くす彼女の表情を見て、口をつぐむしかなかった。
エマは放心状態で、何とも目を合わせていなかった。
それから彼女はふらふらとした足取りで、どこかへと去って行ってしまった。
「おい、ちょっと、どこへ行くんだ?」
七波が声をかけるが、返事はない。
エマは部屋からいなくなり、七波はルーバスと二人きりになってしまった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
不定期更新ですが、次話は明日8月16日の午前2時ごろ更新予定です。
もし刺さる部分などありましたら、評価や感想などいただけると励みになります。
Twitterで報告などしています。
よろしければそちらも見てやってください。 /脳内企画@demiplannner