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プロローグ #3 竜に乗った女騎士


 月明りの下を竜が飛んでいた。

 その背に乗った女性が前かがみになるように身を低くして何かの合図を出すと、竜はそれに反応し、空を進む速度をさらに上げた。


 ──近づいているのがわかる。しかし、彼はいったいどこに!?


 女性は竜の背を掴みながら歯を食いしばった。

 彼女は眼下に広がる世界を見渡し、焦ったように何かを探し続ける。


 「まさか! 嘘だろう…!?」


 進路上の前方に広がる、あちこちで黒煙の立つ荒れ果てた草原を前にして女性は呟いた。

 女性は竜の背を叩き、さらに速度を上げるよう指示を出す。


 草原の上空にさしかかると、彼女の目の前に複数の竜が現れた。

 どうやら戦闘は地上だけでなく空中でも行われているようで、現れた竜の背には鎧を着込んだ兵士たちが互いに指示を飛ばし合っていた。


 猛スピードで竜を飛ばす女性に気付いた者が、自身が従える竜をもって襲い掛かる。


 「邪魔を…するなあっ!」


 大きく口を開いて覗かせた牙が女性に届くことは無かった。

 女性を乗せた竜が一度吼えると、襲い掛かろうとしていた周囲の竜達は一瞬だけひるんだように動きを止める。

 その隙を女性は見逃さなかった。

 彼女が槍を構え、すれ違いざまにそれを振るっていくと、近くにいた竜とその騎乗者は空から悉く地上に向かって叩き堕とされてしまった。


 女性はそれが当たり前の結果だとばかりに、全く気にも留めず先へ進む。

 彼女はただ一つの目的の事だけを考え、それ以外を全て置き去りにしていた。


 必死の探索の末に、女性は地上で動く人影を確認するに至る。


 「見つけた!」


 女性は嬉しそうに声をあげる。

 が、すぐにその表情を曇らせた。

 自分が見つけたその人影が一目見て危険な状態に置かれていることに気付いたからだ。





 「主様ーッ!!」



 荒れ果てた草原を月明かりが照らしている。

 鎧を着込んだ兵士達に向かって高台を駆け下りていく七波は、頭上から聞こえてくる声に一瞬耳を奪われた。


 主様、という言葉が自分を指していると思ってはいない。

 しかしその声はどこかで聞き覚えのあるような気がしたのだ。


 そのひっかかるような違和感の正体にはすぐに気が付いた。

 聞き覚えのある声という表現はきっと少し違う。

 あの真っ白い空間で感じた暖かさをこの声から感じ取ったのである。


 巨大な竜が大地に向かって勢いよく着地したのは、七波が頭上を見上げようとしたのと同時であった。


 深紅の鱗に包まれた竜が突然七波の目の前に現れる。

 着地の地響きとともに大地が大きく揺れ、衝撃で吹き飛ばされる兵士たちの悲鳴が聞こえた。


 七波は思わず体勢を崩しそうになるが、すんでのところで誰かが七波の腕を引いた。

 

 「主様! ああ、よくぞご無事で…」


 そう言って涙ぐむのは、銀色の髪をした若い女性であった。

 彼女は転倒しかけていた七波の腕をとり、自らの方へ引き寄せた。


 わけがわからぬまま、七波は女性に抱きしめられるようなかたちになる。

 彼女が着込んでいる鎧のプレートが七波の頬に押し当てられた。


 「い、痛い痛い!なんだ、誰だ!?」


 七波は思わず声を上げて、女性を振りほどく。


 「も、申し訳ありません! つい……」


 七波の声を聞いた女性はうろたえるような声で言った。

 彼女の身に着けている鎧に目をやると、これまで草原で見た兵士達のどの鎧とも違うもののように見えた。

 争い合っている勢力とは関係の無い人間だろうか七波は思案する。


 「エマ・カヴィルと申します。どうか、エマとお呼びください。主様」


 七波の様子を見て彼が戸惑っているように思ったのか、女性は自分の胸に手を当ててそう名乗った。


 エマ、と七波は小さく繰り返す。

 

 「待て、主様って誰の事だ?」


 七波が口を開こうとすると、エマは手を前に突き出してそれを阻んだ。


 「主様。

  色々と聞きたいことはあるでしょうが、今のところは私についてきてもらいたい。

  なにせ、ここは落ち着いて話をするには騒がしすぎる」


 穏やかな声音であったが、同時にとても力強い言葉でもあった。

 有無を言わせぬ気配に、七波は頷くほかない。


 「わかったよ、エマ」


 七波が名前を呼ぶと、エマは嬉しそうに笑った。



 「き、きき、貴様―! 何者だ!?」


 激高した声が七波とエマに向かって投げつけられる。

 竜の着地によって吹き飛ばされた兵士達は体勢を整え、既に二人を包囲していたのだ。

七波とエマが立つ場所は二つの陣営に挟み込まれるような形となっている。


 「…あれは、エマ・カヴィルか?」

 「コロニスの悪魔め、生きていやがったのか!?」


 一つ声があがると、それに反応した声がまた一つ二つと増えていく。

 その声からうかがえる感情は陣営によって様々であった。


 「人気者のようだね?」


 言葉を選びながら七波が言うと、エマは口を結んで困ったような表情をした。

 それから彼女は無言で槍を構えて背後を振り返る。


 「主様の前でさっきから人のことを悪魔だなんだと…いい加減にしろ!」


 エマはそう言って槍を振るう。

 その軌道は衝撃波を生み出し、周りを囲っていた兵士達を勢いよく吹き飛ばした。


 兵士たちは叫び声をあげて宙を舞っていく。

 七波はその景色を目を丸くして眺めていた。


 「いいぞ!」

 「リディアの連中を蹴散らしてくれ!」


 吹き飛ばされなかった者達──対立する陣営側の兵士達が歓声を上げる。

 彼らは口々にエマを称賛するような言葉を投げた。


 それを聞いたエマは、不愉快そうな顔をしてまた再び槍を振るった。


 「黙れ! 今の私はお前たちの誰の味方でもない!」


 怒気を帯びたエマの咆哮とともにまた兵士達は遥か彼方へ吹き飛ばされ、ついに彼女と七波の周囲を囲む者は一人もいなくなった。

 エマは呼吸一つ乱さずに槍をしまい、七波の方を振り返る。


 「お待たせしました。さあ行きましょう。すぐ行きましょう」

 「あ、ああ。」


 エマは穏やかな表情で言った。

 しかしそこから滲む有無を言わせぬ気配に、七波は頷くほかなかった。



ここまで読んでいただきありがとうございます!

不定期更新ですが、次話は明日8月14日の午前2時ごろ更新予定です。

もし刺さる部分などありましたら、評価や感想などいただけると励みになります。


Twitterで報告などしています。

よろしければそちらも見てやってください。 /脳内企画@demiplannner

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