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プロローグ #2 剣と魔法の戦場


 「あいたっ!」


 七波は全身に走る衝撃によって再び目を覚ます。

 痛みを伴った覚醒に、彼は思わず声をあげた。


 「ったく、今度はいったいなんなん──」


 悪態をつき、辺りを見回しながら呟いた瞬間。

 地面に尻もちをついていた七波の髪に熱風が勢いよく吹き付ける。

 同時に爆発音が鳴り響き、大地が揺れた。


 直後、視界に飛び込んできた光景に七波は思わず言葉を失ってしまう。


 気付いたのは、あの白い空間ではなく草の茂る原っぱに放り出されていること。

 少し離れた場所では大声が飛び交い、大勢の人影が争っているのが見えた。


 一人が近くにいた者を背後から剣で刺し貫く。

 かと思えば今度はそこへ別の人影が襲い掛かって斬り捨てる。

 武器を持った者達が入り混じり、事態は乱戦状態になっているようであった。


 立ち上る黒煙に遮られながら、七波は目を凝らしてその景色を眺める。

 見間違いでないのであれば、彼は自身の目を、正気を疑うような光景がそこに広がっていることを認めなければならなかった。


 視線の先にいたのはローブに身を包んだ人物。

 その人物が杖を掴んだ右腕を天に掲げると、杖の先を中心に強い光が灯った。

 閃光の中、無数の光の塊が放たれる。

 ゆるやかに周囲を漂うその光は、触れた者を次々と燃やしていったではないか。


 そんな風に杖を使う者は一人や二人ではなかった。

 燃え盛る炎の中で多くの人影がのたうちまわっている。

 耳に届く悲鳴が、停止しかけていた七波の思考を辛うじて繋ぎ止めていた。


 夢でも見ているのか、と七波は思った。

 目の前で行われている出来事を彼の知り得る言葉で表現するならば、

 まさに『剣と魔法の戦い』が最も端的かつ適切だろう。

 ただし、それは七波の常識としては子供じみた空想の最たるものとして分類されるものであったが。


 七波は戸惑う気持ちを抑えることができなかった。

 しかし彼はどうにか目の前にある状況を疑うことをやめ、受け止めることにした。

 五感に感じる情報はどれも生々しいものがあり、また先ほどからの爆発から生じる音や匂いといったものはどれも七波が身をもって体験した感覚とそっくりであったためである。


 七波は茂みの中から争いの起きている地点を観察する。

 戦場で敵味方を判別するためか、身に着けているものの特徴から

 おおよそ二つの陣営が争い合っているのだということが窺えた。

 それらはどうも古めかしく、七波のいた世界の戦場の景色からは遠くかけ離れた装備に見える。


 そこまで考えたところで、今度は七波の頭上で大きな音がした。

 それは巨大な生物の咆哮を思わせるもので、七波の注意を引くには十分過ぎるものだった。


 目に映ったのは、夜空を大きく舞う竜。

 おとぎ話さながらの姿をした怪物がそこに存在し、その数は十を超え、口から放ち合う炎が夜空を赤く照らしていた。

 よくよく見てみれば、どの竜も背中には鞍をつけ、地上にいた者達と似た意匠の鎧を着込んだ人影がそこに跨っている。


 一体の竜が近くにいた別の個体をすれ違いざまに噛みつき、首の肉を喰いちぎる。

 仕留められた竜は甲高い悲鳴をあげて地上へと落下し、大勢の兵士たちがその下敷きになった。

 その様を見ていた竜は咥えていた肉を吐き捨て、勝ち誇ったように炎を吐く。

 それからまた別の獲物を仕留めんとばかりに大きな翼をはためかせた。


 夜空で行われる空中戦から視線を外し、再び七波は原っぱで行われている兵士たちの様子を眺める。


 幸いにもまだこちらの存在は誰にも気づかれていないようだった。

 二度死んではたまらない。七波はひとまずこの場所を離れることにした。


 ◇


 茂みを進み、七波は深い森の中を彷徨っていた。

 彼は体を払いながら、服についていた葉っぱを一枚手に取り、頭上を覆う樹々の隙間から差し込む月明りにかざして観察をしてみる。

 手触りには妙な生々しさがあり、匂いを嗅ぐと植物独特の青臭い香りがした。


 「なあ俺、死んだんだよな?」


 誰に尋ねるともなくそう呟く。

 あの戦場から離れることはできただろうか、と七波は思案した。

 しばらくその場で耳をそばだてたが、結局七波はその場所にずっと留まっている気にもなれず、また適当な方向へ歩き出すことにした。


 さらに歩くと森の出口が見えてくる。

 森を抜けてたどり着いたのは、草原を見渡せる小高い丘の上だった。


 「ひどい……」


 七波は呟くように言った。

 眼下に広がる草原は広い範囲に渡って踏み荒らされ、あちこちでは今もなお戦闘が行われている。

 草を倒すように多くの屍が転がり、未だ生き残っている者はそこへ参列することを避けるべく手に持った武器で別の命を大地に捧げている。


 また、眼下に広がる景色のまた別の方角では、集落らしきものが燃えているのが見えた。

 彼らが何故争っているのかは七波には皆目見当もつかなかった。

 むき出しの感情が渦巻く様を七波は冷ややかに眺めていた。



 次の瞬間、七波の体が宙を舞う。

 視界が回転して逆さまになり、またすぐ地面に叩きつけられる。


 何者かに背後から殴りつけられたのだと理解するのに時間はかからなかった。

 七波は地面に腕をつき、痛みを堪えながら体を起こそうとする。


 「ぐあっ!」


 体勢を立て直す間もなく、続けざまに七波は蹴飛ばされた。

 金属のプレートが腹部にめりこみ、七波は空気を大きく吐きだして原っぱを転がされる。


 七波は転がっていく勢いに身を任せ、そのまま相手と距離を大きく取った。

 とっさの判断ではあったが、そのおかげで彼は状況を把握するための余裕をわずかに得ることができた。


 地面に膝をついたまま、七波は自分を蹴り上げた者の方を振り返る。

 視線の先にいたのは、鎧に身を包んだ兵士。

 この場所で戦っていた陣営の片側に所属するのだろう、見覚えのある紋章が相手の鎧に刻まれていた。


 兵士は何も喋ることなく、ただ七波を眺めている。

 この状況で次に自分が取るべき行動は何か。七波は兵士を睨みながら考え続けた。


 相手は何故問答無用でこちらを仕留めようとしないのか。

 それは、何か警戒しているからではないか。


 ──弱みを見せるな。


 七波はこみ上げる吐き気を抑え込みながら自分にそう言い聞かせる。

 あの兵士の目からは、自分は異質な恰好をした男として映っているのかもしれない。

 それ故の警戒だとすれば、戦場における得体の知れなさこそが自身のアドバンテージであることは間違いないのだ。


 「俺は、君にぶん殴られるようなことをした覚えはないんだがね」


 七波は言った。

 言葉が通じているのかはわからなかったが、兵士が眉をしかめるのを見る限り、声は届いたようだ。


 兵士が剣を握り直したのを七波は見逃さなかった。

 

 七波は緩慢な動きで立ち上がる。

 彼はまっすぐに兵士の顔を見据えながら、辺りの様子を探ろうと耳を澄ませた。

 そう遠くない場所で争い合っている音が聞こえる。


 「驚いた。殺される覚悟もなく戦場にいたのか?」


 兵士が口を開く。

 その言葉は、七波の思索の糸を断ち切るには十分なものであった。

 色々な思いが頭を駆け巡ったが、彼はひとまず言葉が通じることを前向きにとらえることにした。


 「覚悟、か。」


 七波は相手が口にした言葉をゆっくりと口にした。


 「そんなものは無かった。俺は、たまたまここへやってきただけだったもんでね」

 「だろうな。お前の身なりを見ればわかるよ」


 七波の言葉に兵士は頷いて答える。


 「それなら、俺があんたと対立する人間じゃあないってこともわかるよな。

  …こんな場所でやりあうのは無駄なことだと思わないか。え?」


 七波がそう言うと、兵士は口の端を歪めて下卑た笑みを浮かべる。


 「俺がお前を蹴り飛ばした後、すぐにとどめを刺さなかった理由がわかるか?」


 兵士は薄く笑いながら言った。


 「どうやって殺してやろうか、迷ってたんだ。

  足か、腕か、胴か。どこから斬り刻んでやろうかって……。

  もし変な期待をさせちまったのなら、謝るよ。

  早く殺しちまえばよかったんだろうがね。でも迷うことを楽しむ気持ち、わかるだろ?」


 兵士は感情を抑えきれないといった様子で声を震わせて言う。


 「白状するよ。実はお前が“リディア”の連中じゃなくてほっとしてるんだ。

  だってそこらの村人が死んだところで誰も気に留めやしない。

  面倒がないってのは素晴らしいことだよな。え?」


 ――リディア。七波は兵士の言葉の中にあった単語を胸中で反芻する。

 文脈から推測考えるに、この兵士と対立する陣営を指しているのだろうか。

 もちろん七波にとっては聞いたことの無い名前であった。


 そして七波は自分に話しかけてくる兵士の様子から、相手が常習的にこういった殺人を繰り返しているのだと気付いた。

 くそったれ! と彼は大声で叫びたい気持ちになる。

 この相手は、快楽を得るためにこの場所にいるのだ。

 そんな相手に交渉の余地などないではないか。

 恐らくこいつは、戦場から少し離れた場所に潜み、いつも逃げ遅れた近隣の村人や動けなくなった兵士を手にかけてきたのだ。


 「この変態野郎」


 七波が悪態をつくと、その言葉に兵士はまた楽しそうに身悶えさせた。

 迷った甲斐があった。兵士はそう口にする。


 「あああ、会話に勝る相互理解の手段は無いよな…!。

  俺はお前の嫌悪するものが知れて本当に嬉しいよ。

  こういうのを知っているかどうかで、剣で刺した時の感触が全然違ってくるんだ…」


 そう言って兵士は七波に向かってきた。

 七波もすぐに地面を蹴り、その場から駆け出した。


 「逃げきれると思うか!? 

  鎧を着てるからって、俺が走れないわけじゃないんだぜ!」


 兵士の声が背後から聞こえたが、七波は振り返らずに走る。

 彼はしばらく進んだところで、大声をあげた。



 「──そいつらは囮だ!伏兵が茂の中にいるぞ!!」



 七波が力いっぱいに叫ぶ。

 その声を飛ばした方向には、乱戦状態になっている兵士達の塊がいた。

 彼らは声に気付くと、いっせいに七波の方を振り返った。


 「お前、何を!?」


 七波の背中目掛けて走っていた兵士が驚いたような声を上げる。

 それに構わず七波は走り続ける。


 「連中は見つかったことに気づいちゃいない! 今ならまだ間に合うぞ!!」


 続けざまに七波が叫ぶ。

 すると乱戦状態にあった兵士達の中から一人が駆けだした。

 それをきっかけに、また一人二人と後に続く。


 七波が出まかせに言った伏兵を信じ、倒しに行く者。それを追う者。

 戦場という極限状態にあった彼らは死を避けるために自分にとっての最悪を予想し、その対応に動かざるを得なかったのだ。


 七波が走って来る方向に向かって、大勢の兵士達が駆けてくる。

 それを確認して、七波は初めて後ろを振り返る。


 「よう、あの中から俺を選んで殺してる暇があるかい?」


 ちらりと見たあの兵士の顔には悔しさの色が滲んでいた。

 それから七波は相手の返事を聞く前に視線を前に戻す。


 さて、困った。

 彼は走りながらそんなことを思った。


 今自分が呼び寄せた兵士の群れの中にはあの兵士の仲間もいれば敵もいる。

 ひとまず奴が自分のみに剣を向けることは難しくなったはずだが、そもそも危険地帯に自分から向かって言っていることに変わりはないのだ。


 兵士の群れとの距離は刻一刻と縮まっていく。

 

 あの塊を逸れるようにして行けばどうだろう。

 連中は伏兵のことで頭がいっぱいのはずで、自分の行方などどうでもいいと思っているかもしれない。 背後にいる兵士も自分を追いかけてくるだろうが、前方から走る兵士の群れがそれに気づいて仕留めてくれればいい。しかし、その場合群れから離れた場所で方向転換をしてはその可能性は低くなる。いや、そもそも、大声で報せた自分を無視してあの塊は走り続けるだろうか?


 結局、打てるだけの手は打ったと、七波はこれより先を自分の運に任せることに決めた。

 可能な限りこのまままっすぐ走り続け、前方からやってくる兵士の群れに接触する少し前に方向転換をしよう。

 背後の兵士が件の伏兵のように映れば、自分だけはそのまま逃げ切れるかもしれない。


 七波は走り続ける。

 結果として彼の運はまったく予想もしなかったものを呼び寄せることとなった。



 「主様―ッ!!」


 七波の遥か頭上から、凛とした女性の声が聞こえてきたのだ。


ここまで読んでいただきありがとうございます!

不定期更新ですが、次話は明日8月13日の午前2時ごろ更新予定です。

もし刺さる部分などありましたら、評価や感想などいただけると励みになります。


Twitterで報告などしています。

よろしければそちらも見てやってください。 /脳内企画@demiplannner

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