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プロローグ #1 転生のはじまり


 妙な浮遊感の中で、佐々木七波(ささきななみ)はゆっくりと意識を取り戻しつつあった。

 落下しているのか、それとも上昇を続けているのか。

 小さく体を揺らしながらただ宙に浮かんでいるようにも感じられる。

 一方で全身はぬかるみの中にあるかのようなだるさに包まれており、

 彼は指先一つを動かすこともできなかった。


 「ここは……」


 重い瞼を上げて呟く。

 ぼやけたままの視界に広がるのは、果てを確認することも出来ぬ真っ白な空間。

 ところどころにかかる光が屈折したような虹色のもやが

 周辺全体の距離感をうまく掴めなくさせていた。


 ふわふわと辺りを漂いながら、七波は困ったように眉を顰める。

 呟いた疑問の答えは全く見つかりそうも無かった。

 だが意識が覚醒していくにつれ、彼は自分の思考力が蘇っていくのがわかった。


 炎と、崩落と、駆け寄ってくる大勢の人影。

 体から流れ続ける血と、焦げた肉の嫌な匂い。

 この場所に至る以前の記憶が奥底の深いところから姿を現す。


 「そうか、俺……」


 脳裏に浮かぶのは、足を銃弾で貫かれ、燃える建物に置き去りにされる自分。

 取り戻したのは、死ぬ間際の記憶だった。


 自分を襲った者達の怒号が今も耳にこびりついている。

 七波は記憶の生々しさと、今いる場所との繋がりに困惑するばかりであった。

 煙を吸ったことによる、あの焼けるような喉の痛みが消えている。

 それどころか全身のどこにも痛みは無い。

 身に着けている衣服も新品同然の状態になっているではないか。


 「──死後の世界はもっと楽しそうな場所だと期待してたんだけどな」


 皆嘘つきばかりだ、と失望したように七波は言った。

 そして同じ姿勢でいることに飽きた彼は、身をよじり体勢を変えようと試みた。


 小さくうめき声をあげながら、全身に力をこめる。

 しばらくの間それを続けた。

 すると指先一つ動かすのがやっとだったのが、徐々に全身で身動きがとれるようになった。


 どうやら自分は、この空間を浮遊してどこかへと流されているらしい。

 辺りを見回すことができるようになって、七波はそう結論付けた。


 何か暖かなものの気配を感じ取ったのは、ちょうどその時である。


 七波は気配のする方を振り返った。

 すると、少し離れた場所にぼんやりとした光が存在するのが見えた。

 意識を向けると、七波の体は自然とそちらへ向かって流され始めていく。

 光に近づくにつれて心地よい熱が七波を包んでいくのがわかった。


 あれに触れたらどうなるのだろう。

 光を見つめながらそんなことを思った七波は、そっと腕を伸ばしてみる。


 手はまだ届かない。もうあと数メートルほど体を近づけさせなくては。

 強く念じると、また光源に向かって体が流される。


 もう少し、あと少し。腕の先から光源まで一メートルを切った。

 あと数十センチ。そろそろ届きそうだ。


 伸ばした腕の指先が光源に触れようとした瞬間。

 七波の体に強い衝撃が走る。

 それと同時に、それまで何の音も無かった辺り一帯に轟音が響き渡った。


 「なんだ!?」


 思わず腕を引っ込めて、七波は驚いて辺りを見渡す。

 体に何かがぶつかったわけではないことはすぐにわかった。

 衝撃の正体は、大きな揺れだ。

 この空間全体が揺さぶられているのだ。


 七波ははっと上の方を振り向く。

 響き続ける轟音に重なるようにして聞こえてくる異音。

 頭上からは何かが軋むような音が聞こえてきていた。


 「おいおい…何が起きている?」


 七波は思わずそう呟く。

 しかし、軋む音の正体はすぐにわかった。

 真っ白な空間に亀裂が入り、そこからぼろぼろと世界が崩れ始めていたのだ。


 七波は視線を下げて、あの光の方を再び見る。

 先ほどから同じ場所にあるそれは、依然として暖かな熱を七波に届けていた。


 今この瞬間に起きている出来事の仔細が理解できているとは言い難い。

 それでも、目の前の光源に触れることは、彼にとって必要な事だと思えた。

 

 七波はまた腕を伸ばす。しかし彼の指先が届くことはなかった。

 腕を伸ばした七波は強い力に引かれ、背後に向かって吹き飛ばされたのだ。


 「う、わっ……!?」


 七波は完全に光源を見失ってしまった。

 視界はぐるぐると回り続ける。

 彼には世界が崩壊していく様だけが辛うじて見えるだけであった。


 ──ああ、落ちる。


 七波が最後に味わったのは、どこかへと叩き堕とされる感覚。

 彼の意識はそこで途切れてしまった。


 ◇


 「ああ、そんな…嘘だろう!? ま、待ってくれーっ!」


 薄暗い小部屋の中に慌てふためく女性の悲鳴が響いた。

 声の主はすぐ目の前にある魔方陣に向かって腕を伸ばす。


 それまで光を放っていた魔法陣は女性が飛びつくのと同時に光を失い、

 それっきりただ床に描かれた紋様に戻ってしまった。

 べちゃっ! という音を立てて女性が床に倒れ込む。


 「くうっ!」


 鼻を打ち付けた女性が苦しそうにうめき声をあげた。


 「……また失敗、かの」


 部屋の中で別の声が響く。

 しゃがれた低い声音から、声の主は年老いた男性だということがうかがえる。

 積みあがった書物の塔の天辺から、呆れたような顔で老人が見下ろしていた。


 「召喚の儀はもう行えん。

  わしに手を貸せることはもう何も無いよ」


 残念じゃったな、と付け足して老人は言う。


 「いいや、まだ終わってなど、いないっ!」


 しばらく床に突っ伏していた女性が今度は勢いよく立ち上がって叫んだ。

 その様子を見た老人は溜息をつく。


 「諦めきれないのはわかる。

  しかしな、今回が本当に最後の機会だったということを忘れたか?」


 「いいや、そうじゃない。

  『彼』は最後に、本当にぎりぎりのところで私の呼びかけに応えてくれた。

  召喚は失敗したが、全てが失敗だったわけじゃない。

  だから、まだ私はここで諦めて終わりにすることなんてできないのです」


 女性は老人を振り返って言った。

 強い意志の宿った瞳を向けた後、それから今度は窓の外を見やる。

 窓の外は暗く、空には巨大な満月が浮かんでいた。

 

 「『彼』は既にこの世界に辿り着いている。私には、わかる」


 女性が言うと、老人はわずかに驚いたような顔をした。


 「まさか、契約に成功したのか?」

 「仮もいいところですが。でも、繋がりだけは離さずに済んだ」


 老人の言葉に女性は力強く頷いて答える。

 それから彼女は部屋の隅置いてあった鎧を身に着け始めた。


 がちゃがちゃと金属のこすれる音が響く。


 「君は、彼に……いや、君の『主』に何を望む?」


 老人は積み重なった書物の上で頬杖をついて尋ねた。


 「この狂った戦争の終結──それだけです」


 身支度を整え終わった女性は老人の方を振り返り、そう言って微笑む。

 女性はそれからどこかへと駆けて出ていってしまった。


 足音が遠ざかり、完全に聞こえなくなってからしばらく経った頃。

 窓の外に猛獣の咆哮が轟き、一体の竜が満月に向かって飛翔を始めた。


 老人は一体の竜と、その背中に乗る女性の姿を静かに眺めていた。


ここまで読んでくださりありがとうございます。

不定期更新ですが、次話は明日8月12日の午前2時ごろ更新予定です。


評価や感想などいただけると励みになります。

Twitterで報告などしています。/脳内企画@demiplannner

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