Chapter1-6 片鱗
七波は目を閉じたまま、己の中にある気配に意識を飛ばし続ける。
気を向ければ向けるほど、体の奥底が熱を帯びていくのがわかった。
七波は捉えたそれを意識の表層に引き上げ、全身に力をこめる。
体の内側を大きなエネルギーがのたうち回るような感覚が走る。
「ぐっ……!」
七波は苦しそうにうめき声をあげた。
いつしか彼の額からは大粒の汗が落ちていく。
行き場を求めて暴れるエネルギーを、彼は体の外へ放出するようなイメージを強く念じた。
己の内側で何かが張り詰めていく。
限界はすぐにやってきた。
「──ぶはっ!!」
思わず勢いよく息を吐きだした。
両手を膝につくように前かがみになり、肩を大きく上下させる。
呼吸を整えるにはだいぶ時間がかかりそうだ。
七波は体を無理やりに起こして、ゆっくりと目を開く。
すると、すぐ近くにいたはずのルーバス達が見えないことに気付く。
きょろきょろと辺りを見回す。
少し離れた場所にあるテーブルの近くにルーバスとエマがいるのが見えた。
ルーバスは七波に気付くと、右手を上げて手招きをした。
七波は汗を軽く手で拭いながらそちらへと歩く。
「どうだ?
何か変わったことは起きたか?」
七波が息を切らしながら尋ねる。
「お前さんは内に宿る力を放出し、この世界の理に干渉したのじゃ。
ほれ、こいつを見てみよ」
ルーバスがそう言って指で示したのは、一つのグラスだった。
この部屋で七波が水を飲む際に使用したものである。
「グラスが、どうした──ん?」
七波は言葉を途中で切った。
何か違和感を覚えた彼は、コップがよく見えるよう顔を近づける。
「……勝手に揺れてるのか?」
七波がつぶやく。
彼の視線の先ではグラスがひとりでに小さな揺れを続けていた。
それはごく僅かな動きであり、付着した水滴が無ければ気付けないほどだ。
それから七波はルーバスの方を振り返る。
その顔には困惑しているという彼の本音がありありと浮かんでいる。
ルーバスは視線を宙にやり、何かを考えてからまた七波に目を合わせる。
「おめでとう。
お前さんの権能、グラス揺らしが発現したぞ!」
「なんっじゃそりゃ!?」
満面の笑みで言ったルーバスに七波が吠える。
「ただグラスを揺らしてなんになるっていうんだ。え?」
「戦争を止めるんじゃろ?」
「できるかっ!」
七波が吠える。
それは悲鳴のようでもあった。
彼はそれからテーブルの上のグラスに再び視線を落とす。
グラスの振動は彼の見ている前で次第に弱まっていく。
そしてついにはピクリとも動かなくなった。
権能とは、この程度のものなのか?
こういう場合はもっとこう、反則級の絶大な力が出るものではないのか?
七波はそんなことを思う。
「と、冗談はさておき」
背後でルーバスが何事も無かったかのように言う。
それを聞いた七波は少し安堵した様子で振り返る。
「なんだ、冗談だったのか?
まったく人が悪い」
「うん? ああ、勘違いをしておるのか?
お前さんにはグラスを揺らす程度の力しか無いのは本当のことじゃぞ」
「え?」
「──ま、今のところはな」
もったいつけるようなルーバスの言葉。
七波はそこでようやく落ち着きを取り戻した。
「……そろそろまともな説明を頼む」
七波が呆れたように言うと、ルーバスは小さく咳払いをした。
「お前たち二人の共鳴は、最初の頃よりも高まった。
お互いを結ぶ繋がりも強くなったかもしれん。
しかし、まだ仮契約の域を脱してはおらんということじゃ」
彼はそう言ってエマと七波を交互に見やる。
「最初にこの部屋に来た時は何の力も無かった。
それが今では、手に触れることなく物体を動かすことができる」
「繋がりが強くなれば、その分権能も強くなると?」
七波が尋ねる。
ルーバスはゆっくりと頷いた。
「しかし、いったいどうすれば?」
今度はエマが尋ねた。
「なに、お前さんらがやったことを繰り返せばよい。
お互いのことをもっとよく理解するのよ
……まっ、この塔で一緒に暮らしてればどうにかなるじゃろ」
「おい、なんか最後適当じゃないか?」
「うむ。前例の無いことじゃからな!
わしもぶっちゃけよくわからん!
まあ、別に的外れでもないじゃろ」
ルーバスは透明な体を胸を張ってのけぞらせて言う。
それじゃ、仲良くな。
ルーバスはそう付け加えて、どこかへと消えていった。
七波が声をかけて抗議しようとするころにはもう手遅れ。
部屋からルーバスの気配は完全に無くなっている。
部屋の中に取り残された七波とエマは全く同じタイミングでお互いの方を見た。
どちらも、同じように戸惑いを隠せない様子をしていた。
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不定期更新ですが、次話は明日8月24日の午前2時ごろ更新予定です。
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