Chapter1-5 内に宿る力
七波に備わった権能が発現するかもしれない。
ルーバスの言葉に七波とエマの二人は顔を見合わせた。
「主様、何か変わったことは?」
エマが尋ねる。
しかしその問いに対して七波は首を横に振ることしかできなかった。
ルーバスはああ言っているが、実際のところ七波自身には特別な力が宿ったという自覚などなにもなかったのだ。
そんな様子を見かねたのか、ルーバスが七波の下へ近づいてくる。
「七波、眼を閉じるんじゃ」
「何?」
「さっさと言う通りにせんか!」
ルーバスが言う。
七波は戸惑いながらも、言われるがままに目を閉じた。
「よし、そのままわしの話を聞け。
──七波。
おぬしは、魔術というものを用いたことはあるか?」
「……いいや、無い。
そもそも俺のいた世界に魔術なんてものは存在しなかった」
「ふむ、そんなこったろうと思ったわい。
良いか? 七波。
まず、自身の内にある魔力を自覚するところから始めるんじゃ」
「魔力を?」
「そうじゃ。
わしはおぬしのいた異界のことはよく知らん。
しかし、この世界にあって当たり前のものが無くとも不思議には思わんよ」
だから、使い方がわからないのも当たり前だ。と、ルーバスは言う。
「召喚によっておぬしの中に魔力が眠っている。
それを見つけ、正しく認識することができればよい。
さすれば力の使い方も自然とわかるはずじゃ」
「そんなこと言われてもな……。
目を閉じてるだけでわかるものなのか?」
「馬鹿もの、それなら苦労せんわ。
目を閉じるのはおぬしが自分という器に集中するための切っ掛けにすぎん。
──まずはそのまま、この世界にやって来る時の景色を思い出せ。
おぬしのいた世界とこの世界の間で、一度妙な場所にいたのではないか?」
ルーバスの言葉に七波は顔を上げて反応した。
「確かに、いたぞ!
だだっ広くて、妙に真っ白い場所だ」
「そこでお主はエマの呼びかけを受けたはずじゃ。
何か心当たりはあるか?」
呼びかけ。
そう言われて七波は首を傾げる。
あの世界で誰かの声を聞いたような覚えはない。
七波は黙ったまま記憶に潜り続ける。
しばらくして、あの真っ白い空間で見た光のことを思い出した。
心地の良い暖かな光源。
そこまで考えてから、今度はこの世界にやってきた直後のことを思い出す。
兵士に追われている自分に向かってエマが空から現れた時のこと。
あの時に聞いた声は、あの光と同じような暖かみを感じたのではなかったか。
「……呼び掛けてきたものの気配を、おぬしの中に探せ。
そやつの願いがおぬしの中に権能と言う形で宿っているはずじゃ。
おぬしの覚えておる気配が目印になるじゃろう」
ルーバスは言った。
その声は集中を高めていく七波にはほとんど届いていなかった。
心の奥底の深い部分。
そこに何か暖かなものがあるように七波は感じた。
目を閉じたままの七波は、さらに集中を研ぎ澄ます。
己の中にある不思議な気配。
間違いない。
そこから感じる暖かさは、あの白い空間で感じたものと同じである。
そして、エマが発する声とも。
七波は意識を深いところへ飛ばし、気配を手繰り寄せる。
その様子をルーバスとエマは黙って見守っていた。
するとエマは小さな物音がしたことに気付く。
彼女は何の気なしに横を振り向く。
そこにあったのは中身を呑み終わったグラス。
この塔へやって来てから、七波に差し出したものだ。
──揺れている?
エマはそんなことを思った。
彼女の視線の先では、七波の使っていたグラスが小さく振動していた。
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