プロローグ #0 いつかの光景
大きな月が空の中で輝いている。
すっかり夜も更けた時間。
森の中の小さな集落の、そのはずれにある納屋の中で数人の子供が息を潜めて集まっていた。
子供たちは積みあがった藁の上に輪になって寝そべっている。
その中心には何やらこぶしくらいの大きさの石が一つ置かれていた。
「なあ、本当にこの石がしゃべるわけ?」
「ううう……父さんにバレたらどうしよう……」
何人かの子供が心配そうな顔で言う。
すると輪の中にいた一人の少女が彼らの方を振り向く。
彼女は指を口に当てて、「静かに!」という意味のジェスチャーをとった。
「きっともうすぐ喋り出すはずよ。
だって、『明日もやる』って言ってたんだから!」
「言ってたって…、誰が?」
「この石が言ってたの! いいから静かにしてて」
「君が一番うるさいよ……。
──ああもう、ほら、お前も泣くなって」
少女に窘められた少年は、文句を言いながら、隣にいた別の少年をなだめた。
三人の子供たちは一様にやつれた顔をしていた。
その表情からは、決して楽ではない暮らしを毎日送っているのだと窺える。
しかしそんな中で、少女だけは少し違う表情をしていた。
疲れた顔をしていても、その瞳は何かの期待で輝いていた。
少女はじっと石を見つめている。
「ねえ、まだ?」
少年がじれったそうに尋ねるが、少女はそれに答えない。
すると、藁の上に置かれていた石が僅かに震え始めた。
「きた! ねえ、始まるわ!」
石が震えていく様子を見た少女が嬉しそうに声をあげる。
突然のできごとに、他の二人の少年も食い入るように石を見つめた。
──ちりーん。
不意に納屋の中で響いてきたのは、鈴の音にも似た金属音だ。
それを聞いた少年の一人がきょろきょろと辺りを見まわす。
しかし納屋の中にそんな音をだすようなものは見当たらなかった。
いったい何の音だろうと不審に思っているうちに、今度はまた別の音がする。
『──今日の生存報告!』
聞こえてきたのは男の声。
少女を除いた他二人の少年は目を丸くしていた。
というのも、その声は藁の上の石から発せられていたからである。
『やー…、この放送も何度目かね。
リスナーのみんなー。生―きてーるかーい?』
間延びした気の抜けるような声で男は言った。
『今日散歩に出かけたら、野生化したドラゴンとたまたま鉢合わせしてね。
急過ぎてもう頭が追い付かなくって、ただもう、わーおっきいなー!なんつって。
それでぼーっと突っ立ってたらあの野郎、俺目掛けて炎を噴いてきやがった。
こう、どくどくどくーって! びゅるるるるーって!
──なんだその擬音。もっといい擬音あったでしょ。
なんかすっげえ卑猥な擬音で紹介しちゃったよ』
『──まあそんなこんなでさ、もう命からがらやっとの思いで逃げだして。
いや、あんなに走ったのは久しぶりだね。
どうせコロニスだがリディアだかの軍が世話しきれずに逃がしたんだろうけどさ、ほんっとまいっちゃうよな』
『……あー、嘘嘘! 軍の悪口なんて言うわけないじゃないですかやだー!
俺がそんな方々を敵に回すようなことするわけないんだから!
もう全部が妄言珍言たわ言うわ言の類ですから!
夢! 俺が昼寝してる時に見た夢ってことで!
散歩したこともあの卑猥なドラゴンもぜーんぶ夢!
──卑猥って言うんじゃねえよ!
もはや自分からそっちに寄せてんじゃねえかよ!』
石はその身を震わせながら男の声を垂れ流す。
その奥の方では、別の笑い声らしきものも聞こえてきた。
『──そんな感じでね。今日も始めましょうかね。
目の前で笑ってるのはアシスタントの……。
なに? しゃべりたくないの?
あっそう。
えー、そうね、この匿名希望女騎士と今日も一緒にやっていきましょう』
『今夜もしばらく問わず語りを繰り返します。
佐々木七波の──』
子供たちの輪の中心に置かれた石から流れてくるのは、この世界最初にして唯一のラジオ放送。深夜にしばらく垂れ流されるその番組は一人のラジオDJの決意によって始まったのである。
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